TNFDとは│TCFDやCDPの整合性を最新情報と合わせて解説

近年、気候変動や生物多様性の損失が経済活動に直結するリスクとして顕在化し、企業の経営戦略における環境対応は「選択肢」ではなく「必須課題」となっています。
特に注目を集めているのが TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures/自然関連財務情報開示タスクフォース) です。
TNFDは、企業や金融機関が自然資本や生態系サービスに依存するリスク、そして自然に与える影響を体系的に把握し、投資家や社会に向けて透明性のある情報を開示するための国際的な枠組みを提供しています。
これは、気候関連の情報開示で広く普及したTCFDの成功を基盤に設計されており、自然資本というより広範な領域を対象とする点に特徴があります。
すでに2024年には世界で500以上の企業・団体がTNFDアーリーアダプターに登録し、その中で日本企業は133社と最多を占めています。
これは環境省の主導や民間の積極姿勢による成果であり、日本がグローバルに先行していることを示しています。
こうした流れは、単なるCSR活動の延長ではなく、投資判断や企業価値を左右する戦略的課題 へと進化しています。
ESG投資の拡大、ISSBによる新基準候補の選定、Nature Action 100のような国際的イニシアチブの誕生などが、その背景にあります。
今やTNFDは、持続可能な成長を目指す企業にとって不可欠なフレームワークとなりつつあり、今後の経営にどのように組み込むかが競争力の分水嶺となるでしょう。
▼参考:ネイチャーポジティブとは?注目される理由や世界的な潮流とその背景

1. TNFDとは
TNFDの概要と役割
TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures/自然関連財務情報開示タスクフォース)は、企業や金融機関が自然資本や生物多様性に関わるリスクと機会を評価・開示するための国際的な枠組みを提供する組織です。
その起源は2020年7月、Global Canopy(英国シンクタンク)・UNDP(国連開発計画)・UNEP(国連環境計画)・WWF(世界自然保護基金)の4団体による発足にさかのぼります。
2021年6月には金融機関や規制当局、企業も参加し、正式に設立されました。そして2023年9月、最終的なフレームワーク(v1.0)が公表されています。
TNFDのミッション
TNFDの使命は、自然資本と生物多様性が企業活動や金融に与える影響を体系的かつ実践的に評価・開示する仕組みを整えることにあります。
これにより、経済と自然の両立を目指す持続可能な社会への移行を後押しします。
その狙いは単なるリスク管理にとどまりません。例えば以下のような方向性が明確に示されています:
- リスクへの備え:資源の枯渇や規制強化といった自然関連リスクを事前に把握し、経営判断に反映する。
- 機会の創出:生態系を再生する取り組みやネイチャーポジティブな事業を、新たな投資対象や成長領域として評価する。
こうした視点を企業の経営戦略に組み込むことで、自然環境への配慮を単なる倫理的責任ではなく、企業価値向上や投資家リターンに直結する要素として位置づけることができます。

▼出典:環境省 脱炭素ポータル ネイチャーポジティブの実現に向けた世界・国の取組と企業に求められる取組
TCFDとの関係性
TNFDは、気候変動分野で先行したTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の成功をベースに設計されています。
両者は共通して「ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標」という4本柱を採用していますが、TNFDは自然資本の特性に対応するため独自の工夫を盛り込んでいます。
特に重要なのは、気候変動と自然関連リスクを統合的に扱えるようにしている点です。
これにより、企業や投資家は気候対策と生物多様性保全を同時に評価でき、より包括的で効率的な意思決定が可能になります。
TNFDが描く未来像
TNFDの最終的な目標は、自然関連リスクや機会を財務情報に統合することです。
企業は短期的な収益だけでなく、長期的な持続可能性と生態系の再生を見据えた経営を行うことが可能になります。
その結果、経済活動そのものが自然環境の保護に貢献し、社会全体として「持続可能な成長」を実現していく姿を描いています。
TNFDは政府、企業、金融機関、NGO、学術機関など、幅広いステークホルダーと協力してフレームワークを開発しています。
このマルチステークホルダー体制により、各分野の知見を取り込みながら現実的で普遍的に活用できるガイドラインを構築しており、採用のしやすさと実効性を高めています。
▼参考:【2025年最新】カーボンニュートラルとは?現状と今後のトレンド

▼出典:環境省 脱炭素ポータル ネイチャーポジティブの実現に向けた世界・国の取組と企業に求められる取組
TNFDへのコミット状況
世界で広がる取り組み
自然資本や生物多様性を財務情報に統合する枠組みとして注目される TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures) は、わずか数年で世界的に急速な広がりを見せています。
2024年10月時点の公式発表によると、TNFDアーリーアダプター(Early Adopters)に登録した企業・団体は 502組織 に到達しました。
これは同年1月の約320組織から57%の増加にあたり、自然関連開示が「一部の先進企業の取り組み」から「グローバルに広がる潮流」へと進化していることを示しています。
こうしたアーリーアダプターは 54カ国・地域、62業種 にまたがり、その多くが上場企業や金融機関です。
彼らが管理する資産総額は 17.7兆ドル以上 にのぼり、世界経済に与える影響力の大きさは明らかです。
特にアジア太平洋地域が全体の約47%、ヨーロッパが約36%を占めており、この2地域が世界をリードしているのが現状です。

▼出典:TNFDニュース 500以上の組織と17.7兆ドルの運用資産がTNFDに準拠したリスク管理と企業報告に取り組んでいます
日本企業の存在感
その中でも際立つのが日本のコミットメントです。
2024年10月時点で、日本企業は 133社 がTNFDアーリーアダプターに登録し、世界最多を記録しました。
これは、2位のイギリス(68社)の約2倍にあたり、日本の企業群が他国を大きくリードしていることを意味します。
この背景には、環境省が主導するパイロットプログラムや、「TNFD日本協議会」を通じた官民一体の推進体制があります。
ガイダンスの整備や実証事業の共有が後押しとなり、企業が早い段階で開示体制を整えることを可能にしました。
さらに、日本市場においては投資家や取引先の関心も高く、「TNFDに取り組まないこと自体がリスク」と受け止められる環境が形成されつつあります。

現在、TNFDは2026年以降の本格的な報告開始を視野に、COP30(2025年11月予定)へ向けて採用拡大のキャンペーンを展開しています。
各国政府や規制当局との連携も進み、任意から義務化へ移行する流れは不可避と見られています。
その中で、日本企業の先行的な取り組みは、単に国内での競争優位を確保するだけでなく、国際的なベンチマークとして評価される可能性が高いと考えられます。
日本がこれまで培ってきた環境技術やサステナビリティ経営の実績は、TNFDを通じてさらに強い発信力を持つことになるでしょう。
TNFDの立ち位置と注目の背景
TCFDからTNFDへ
現在、多くの企業や金融機関は、気候変動リスクに対応するための国際的枠組みである TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース) を活用してきました。
TCFDは、ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標という4本柱を通じて、気候関連のリスクや機会を投資家に分かりやすく伝える役割を果たしてきました。
▼参考:TCFDからISSB基準へ:企業が知るべき気候変動リスクと情報開示の最新ガイド
一方、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース) は、このTCFDの仕組みを基盤としながら、対象を「自然環境全般」に広げたフレームワークです。
気候だけでなく、生物多様性や生態系サービスなど、企業活動と深く関わる自然資本をカバーする点が特徴です。

▼出典:TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言
2.なぜTNFDが注目されるのか?
その1_自然への依存度を示すエビデンスの増加
近年の研究や科学的データにより、「企業は自然に強く依存している」という事実が明確になってきました。
これまで自然に直結する業界といえば、農業・畜産・食品産業などがイメージされてきましたが、実際には 製造業・金融・ITを含むあらゆる産業が自然の恵みに依存 しています。
そのため、自然資本の劣化は一部の業界にとどまらず、広範な経済活動に影響を与えるリスクへと発展しています。
TNFDの提言でも、自然資本の減少は 生態系の変化 → 生態系サービスの低下 → 企業へのリスク という連鎖を引き起こすと指摘されています。

▼出典:TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言
生態系サービスとは何か?
生態系サービスとは、簡単に言えば 「自然が人間社会に提供している恩恵」 のことです。
国際プロジェクトTEEB(The Economics of Ecosystems and Biodiversity)では、これを以下の4つに分類しています:
- 供給サービス(食料・水・原材料など)
- 調整サービス(気候調整、洪水防止、病害虫抑制など)
- 生息・生育地サービス(生物多様性の維持や受粉など)
- 文化的サービス(観光・景観・文化的価値など)
これらが損なわれれば、企業は資源調達や生産活動に支障をきたし、財務リスクへと直結します。一方で、これらを再生・保全する取り組みは新たなビジネス機会や投資対象ともなり得ます。


▼出典:価値ある自然(TEEB紹介)
企業と自然の関係モデル
TNFDは、企業と自然の関わりを以下のようなシンプルなモデルで説明しています:
- 企業活動が自然に影響を与える
- その影響で生態系が変化する
- 生態系サービスが損なわれる
- 自然関連のリスク(または機会)が発生する
- 最終的に企業が影響を受ける
このサイクルを理解することが、リスク管理や新たな成長戦略を構築するうえで不可欠です。

▼出典:TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言をもとに弊社で追記
TNFDの提言に込められたメッセージ
TNFDはその提言の中で、次のように強調しています:
- 「社会・経済・金融システムは自然の外側にあるのではなく、自然の一部として組み込まれている」
- 「リスクと機会が存在するにもかかわらず、企業や投資家の多くは未だ十分な備えができていない」
- 「自然はもはやCSR(企業の社会的責任)の範疇ではなく、気候変動と並ぶ中核的かつ戦略的なリスク管理の課題 である」
つまり、自然への対応は「任意の社会貢献」ではなく、事業の存続や投資判断に直結する経営課題であるという認識が広がりつつあるのです。
▼参考:TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言
その2_新しい開示基準の候補に選定
2024年4月23日、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は、今後のサステナビリティ開示基準における新しいテーマ候補を公表しました。具体的に挙げられたのは以下の2つです。
- 自然資本(生物多様性・生態系・生態系サービス)
- 人的資本
この動きは、IFRSサステナビリティ基準(IFRS-Sシリーズ)の拡張として位置づけられており、将来的には 「IFRS-S3」 として正式に策定される可能性があります。
候補絞り込みの背景
ISSBは2023年に、以下の3つを研究テーマの候補として検討していました。
- 自然資本
- 人的資本
- 人権
その後、国際的な議論や市場の要請を踏まえ、自然資本と人的資本の2つに絞り込む決定を下しました。
これは、企業活動に直結する重要課題として、この2分野の情報開示が最優先であると判断されたことを意味します。

▼出典:ISSBが自然及び人的資本に関連するリスク及び機会に関するリサーチ・プロジェクトを開始
▼参考:TCFD終了!?新しい気候変動開示基準 IFRSと日本への影響について
その3_ESG投資への関心の高まり
近年、ESG投資(環境・社会・ガバナンスを考慮した投資)は世界的に急成長を遂げています。
これにより、投資家やステークホルダーは「企業が自然環境に与える影響」や「自然資本に依存するリスク」への対応を、従来以上に重視するようになりました。
つまり、企業にとって自然関連リスクの適切な評価と管理は、単なるCSRの一部ではなく、資本市場での評価や資金調達コストに直結する重要課題になりつつあるのです。
Nature Action 100(ネイチャーアクション100)

Nature Action 100とは?
その象徴的な取り組みが、Nature Action 100です。
これは気候変動や生物多様性の損失に対応するため、世界の主要投資家が連携して企業に働きかける国際的イニシアチブで、2022年12月に発足しました。
- 対象:世界を代表する 100社・8セクター
- 要請内容:自然資源の保護、生態系の回復、持続可能な経済活動の推進
- 参画投資家:190の機関投資家
- 運用資産規模:23.6兆米ドル(約3,500兆円)
この規模からも分かるように、Nature Action 100は「投資家の声」が企業の戦略を変えるほどの影響力を持っています。
▼出典:【国際】機関投資家団体NA100、生物多様性分野のエンゲージメント対象100社発表。日本企業も5社
日本企業と投資家の関わり
Nature Action 100の対象企業には、日本からも 三井物産、伊藤忠商事、丸紅、味の素、王子ホールディングス の5社が含まれています。
いずれもサプライチェーンや事業活動を通じて自然資本との関わりが深く、国際的に重要な企業とみなされています。
さらに、日本の機関投資家も積極的に参画しています。
アセットマネジメントOne、三井住友トラスト・アセットマネジメント、日興アセットマネジメント、りそなアセットマネジメント の4社が参加しており、国内からの資本の声が国際的な潮流に加わっています。
▼参考:ネイチャーアクション100は、自然損失に対するさらなる行動を促進するために、企業と投資家のエンゲージメントプロセスの開始を発表
3. TNFDの開示項目
TNFDの開示項目とTCFDとの違い
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース) は、先行する TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース) をモデルに設計されています。
両者ともに、企業や金融機関が環境に関連するリスクと機会を体系的に把握し、投資家や社会に開示することを目的としています。
フレームワークの基本構造は同じく 「ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標」 の4本柱。
開示項目はTNFDで 計14項目あり、そのうち11項目はTCFDから引き継がれたもの、3項目がTNFD独自の追加項目です。

▼TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言をもとに弊社で作成
TCFDとTNFDの主な違い
1. 対象範囲
- TCFD:気候変動が企業に与える影響に特化
- TNFD:自然環境全般(生物多様性・森林・水資源・土壌・海洋など)を対象とし、「自然が企業に与える影響」 と 「企業が自然に与える影響」 の双方を評価
この点が最大の違いであり、TNFDは双方向的な視点を重視しています。
2. アプローチの違い
- TCFDは、炭素税や規制強化といった移行リスク、洪水や干ばつといった物理的リスクなど、気候変動が企業活動に与える影響を評価することに重点を置いています。
→ 目的は、投資家が温室効果ガス削減戦略や気候適応力を評価できるようにすること。
- TNFDは、気候変動に限らず、自然資本の劣化や回復が企業活動・財務に与える影響を幅広く扱います。
→ 例えば、森林破壊による原材料調達リスクや、水資源の持続的利用による事業機会の創出など、自然との依存と影響の両面を可視化します。
▼参考:森林と生物多様性の深い関係を探る
▼参考:ウォーターフットプリントが教える持続可能な水資源の未来
3. 発展段階
- TCFD:すでに多くの企業・金融機関が採用し、グローバルな基準として確立。投資家の企業評価にも直結している。
- TNFD:2023年に最終フレームワークが公表されたばかりで、現在は実用化に向けた試行段階。しかし、TCFDの成功事例を踏まえて設計されているため、国際的な標準となる可能性が高い。
相互補完的な関係
TCFDとTNFDは扱う課題は異なるものの、どちらも企業や投資家にとって欠かせない枠組みです。
- TCFDは気候変動に焦点を当て、炭素排出削減やレジリエンス強化を促す。
- TNFDは自然資本の保全と持続可能な利用を促し、より広範な環境課題をカバーする。
両方を活用することで、企業は気候と自然を統合的に管理し、包括的なサステナビリティ経営を実現することができます。
▼参考:TCFDが求める気候変動「シナリオ分析」もっと詳しく
依存とインパクト
企業や金融機関を含むあらゆる組織は、自然との関わりの中で活動しています。
その関係性を理解するために、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース) では以下の4つの要素を「自然関連課題」として整理しています。
- 依存(Dependency):組織が自然資源や生態系サービスに依存している度合い例:農業が水や土壌の健全性に依存する、製造業が森林資源や金属資源に依存する
- インパクト(Impact):組織が自然環境に与える影響や貢献例:工場排水が河川に与える負荷、再生可能エネルギー導入によるCO₂削減効果
- リスク(Risk):依存やインパクトが原因で、組織に跳ね返ってくる負の影響例:水資源の枯渇による生産停止リスク、森林破壊に対する規制強化や reputational risk
- 機会(Opportunity):自然関連課題を通じて生まれるプラスの可能性例:生態系回復ビジネスへの参入、持続可能なブランド価値の向上

▼出典:TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言
リスクと機会
TNFDが示す自然関連リスクの中には、気候変動リスクと同様に「物理的リスク」と「移行リスク」があります。
よくリスクの例として、気候変動や森林破壊などがあげられますが、これらは全て物理的リスクに該当します。
ここでいう移行リスクとは、社会や市場が持続可能な方向にシフトしていく中で生じる、制度・市場・技術・社会の変化に伴うリスクのことです。
自然環境の保全や再生に向けた流れが加速する中で、企業はこうした移行リスクを的確に把握し、戦略に組み込む必要があります。
以下では、代表的な移行リスクのカテゴリを整理します。
1. 政策リスク
政府や自治体が、自然環境にプラスの影響を与える政策や規制を新たに導入したり、既存の政策を強化したりすることで生じるリスクです。
- 例:森林伐採に関する規制強化、違法漁業の取り締まり、自然再生プロジェクトへの義務的投資
こうした政策は環境保全を促進する一方で、対応が遅れる企業にとってはコスト増や事業制約につながる可能性があります。
2. 市場リスク
市場環境の変化や消費者の嗜好転換によって生じるリスクです。
- 例:水資源の枯渇により操業コストが上昇したり、水使用を大幅に削減できる新技術が普及することで従来の事業モデルの競争力が低下するケース
自然環境に依存してきた企業は、こうした変化によって資産価値や市場シェアの低下に直面する可能性があります。
3. 技術リスク
自然への負荷を軽減する新技術の登場や、既存技術の陳腐化によって生じるリスクです。
- 例:プラスチック容器が規制され、生分解性素材への切り替えが求められるケース
これは同時に「リスクであると同時に機会」でもあり、技術革新にいち早く対応できる企業は新しい市場で優位に立つことができます。
4. 評判リスク
企業の自然に対する影響が社会から問題視され、ブランド価値や信頼性が低下するリスクです。
- 例:違法伐採に関与したと見なされるサプライチェーンの露見、海洋汚染問題での企業批判
これは直接的な事業活動だけでなく、取引先や業界全体の行動からも生じるため、バリューチェーン全体の管理が不可欠です。
5. 賠償責任リスク
自然破壊や資源乱用が法的に問題とされ、訴訟や損害賠償につながるリスクです。
- 例:水質汚染や生態系破壊による地域社会からの訴訟、環境関連規制違反による罰金
環境規制の強化とともに、企業に課される責任は年々重くなっており、偶発債務のリスクも増大しています。
▼出典:TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言
このように、自然環境の変化は、企業のサプライチェーンや業務に直接的、間接的な影響を与えるようになっています。
こうしたリスクに対処しなければ、企業は将来の経済的損失や評判の低下に直面する可能性があります。
自然関連の「機会」とは?
リスクを超えて見えるプラスの可能性
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)では、自然に関わる課題は「リスク」だけでなく「機会」も含まれると定義されています。
ここでいう機会とは、自然環境に良い影響を与えたり、悪影響を減らすことで、組織と自然の双方に利益をもたらす取り組みを指します。
この「機会」は、企業の財務的な成果(企業パフォーマンス)と、持続可能性の向上(サステナビリティパフォーマンス)の両面で現れ、互いに影響し合うものです。
自然関連の機会が生まれる場面
自然関連の機会は、次のような状況で発生します。
- 自然資本のリスク回避や緩和
企業や社会が依存する自然資源や生態系サービスが失われるリスクを、企業が積極的に回避・軽減・緩和・管理することで、新たな競争優位性を築くことができます。例:水資源の効率利用やリサイクルの強化によるコスト削減と安定供給の確保 - 自然保護や修復への貢献
生態系の回復や保全活動に参画することで、社会的評価の向上や新たな事業機会につながります。例:森林再生プロジェクトへの参画や、地域社会との協働による生物多様性保全 - 自然を活かした解決策(Nature-based Solutions)の導入
自然の仕組みを活かして社会課題を解決することで、環境と経済の両立を実現します。例:都市部の洪水対策における湿地保全や緑化事業の活用 - 金融や保険分野での支援
環境に配慮した融資や保険商品を通じて、自然関連の取り組みを促進することも機会となります。例:サステナブルローン、グリーンボンド、生態系保護を条件とした保険設計

▼出典:TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言
自然関連の機会を捉えることは、単なる環境貢献ではなく、企業価値の向上や投資家からの信頼獲得にも直結します。
たとえば、自然保護に取り組む企業はレピュテーション(評判)を高めるだけでなく、持続可能な市場での新しい成長機会を得ることができます。
さらに、こうした取り組みは気候変動対策とも連動し、長期的なレジリエンス強化や資本コストの低減にもつながります。
TNFDとCDP質問書の整合性
TNFDのフレームワークには14の開示項目が設定されています。
これらを国際的に広く活用されている CDP(Carbon Disclosure Project) の質問書と照らし合わせてみると、完全に一致する項目は存在しないものの、多くの項目が内容的に近しいことが分かります。
CDPは、企業の環境関連情報(気候変動、水資源、森林など)を投資家やステークホルダー向けに収集・開示する仕組みとして、世界中の企業が利用しています。
そのため、CDPに対応した経験を持つ企業は、TNFDの枠組みにもスムーズに適応できる可能性が高いのです。
▼参考:CDPとは!?2024年版の変更点について詳しく解説
▼参考:中小企業向けCDP「CDP SME」とは?活用方法とメリットを徹底解説!
4. TNFDの開示方法と具体的な進め方
開示の基本ステップ
TNFDのフレームワークでは、自然関連のリスクや機会に関する情報を段階的に整理し、透明性のある形で開示することを推奨しています。一般的な流れは次の4ステップです。
- リスクと機会の特定
自社の事業活動やサプライチェーンにおける自然資源への依存や影響を洗い出す。 - リスクと機会の評価
財務や事業戦略への影響度・緊急度を定量的・定性的に分析し、成長の可能性も見極める。 - 管理戦略の策定と実行
評価結果をもとに、具体的な管理方針を策定。社内プロセス改善やサプライチェーンの見直しを含む。 - 開示
上記の取り組みを投資家やステークホルダーに対して透明性高く報告することで、持続可能な経営姿勢を示す。
この流れを踏むことで、企業はTNFDの要求を満たしつつ、持続可能性を経営に組み込むことができます。
具体的な開示方法
その1:LEAPアプローチ
LEAP(Locate, Evaluate, Assess, Prepare) は、TNFDが推奨する4段階プロセスです。
- Locate:自然資源や生態系への依存・影響の場所を特定
- Evaluate:特定した依存・影響を評価
- Assess:リスクと機会を分析
- Prepare:戦略と開示に落とし込む
地理的な依存関係やバリューチェーン上の課題を可視化できるため、企業が取り組むべき課題を体系的に整理できます。

その2:ネイチャーSBTs
ネイチャーSBTs(Science-Based Targets for Nature) は、気候分野で広く導入されている「SBT(Science-Based Targets)」の自然資本版です。
- 生物多様性や生態系の保全を前提に、科学的根拠に基づいた目標を設定する仕組み。
- 5つのステップで構成され、LEAPの考え方に近いフレームワーク。
- 開発主体は SBTN(Science Based Targets Network)。
企業が「科学的に裏付けられた自然関連の目標」を設定できる点で、投資家や市場からの信頼性が高まります。
▼参考:SBT認定を目指す企業必見!申請で押さえるべき重要ポイント

▼出典:SBTN企業向けアクション
その3:CDP質問書の活用
すでに多くの企業が対応している CDP質問書 も、TNFD開示に役立ちます。
- CDPを通じて収集した環境データは、LEAPやネイチャーSBTsと整合性がある。
- 既存の取り組みを転用できるため、ゼロから体制を構築する負担を軽減。
LEAP、ネイチャーSBTs、CDP質問書の整合性

その4:独自手法による開示
TNFDは必ずしも特定のフレームワークに依存する必要はなく、企業独自の評価方法を組み合わせて開示することも認めています。
- 例:自社の環境リスク管理手法をTNFDの開示項目にマッピングする
- 重要なのは、透明性と一貫性を確保し、ステークホルダーが理解できる形で報告すること
LEAPやネイチャーSBTsは優れた指針ですが、全ての項目を網羅的に対応するのは現実的に難しいケースもあります。
そのため、「できるところから着手し、段階的に拡張する」 という考え方が重要です。
特にCDPに取り組んできた企業は、既存のデータ基盤を活かして効率的にTNFD対応を進められるでしょう。
5. TNFD開示例
キリンホールディングス株式会社
LEAPを活用した分析

依存とインパクトの分析
依存度は供給サービスとして4項目で評価
インパクト(影響度)も4項目で評価

TCFDとTNFDを統合した開示

▼出典:環境省 令和6年度 企業の脱炭素実現に向けた統合的な情報開示(炭素中立・循環経済・自然再興)に関する勉強会
6. まとめ
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース) は、企業や金融機関が自然資本や生物多様性に関わる リスクと機会を評価・開示する国際枠組み です。
TCFDの仕組みを基盤にしつつ、自然資本全般を対象とする点が特徴であり、「自然が企業に与える影響」と「企業が自然に与える影響」 を双方向で捉えます。
2024年時点で世界のアーリーアダプターは502組織、日本企業は133社で世界最多となり、グローバルな潮流を牽引しています。
注目の背景には、自然依存の科学的エビデンスの増加、ISSBによる新基準候補の選定、ESG投資やNature Action 100の広がりがあります。
開示方法としては LEAP・ネイチャーSBTs・CDP質問書の活用 が有効で、段階的に進めることが推奨されます。
TNFDはもはやCSRではなく、企業価値と投資判断に直結する戦略的課題 であり、先行的に取り組むことが持続可能な成長の鍵となります。
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