温室効果ガス算定から脱炭素へ | 5つのステップと効果的な手法

気候変動がもたらす影響は、もはや遠い未来の話ではなくなりました。
猛暑や豪雨、資源価格の高騰といった現象は、日々の企業活動に直接的なリスクをもたらしています。
こうしたなか、いま企業に求められているのが「脱炭素経営」です。
これは、温室効果ガスの排出削減を経営戦略の中核に据え、リスク対応と成長機会の両立を目指す取り組みです。
パリ協定を契機に、各国は排出削減目標を強化しており、日本でも2030年・2035年に向けた具体的な数値目標が打ち出されています。
本記事では、脱炭素経営の基本的な考え方から、実践のステップ、先進企業の事例、そして企業にもたらす5つの主要メリットまでを網羅的に解説します。
経営層・サステナビリティ担当者必見の内容です。

脱炭素経営とは
脱炭素経営とは、気候変動対策を経営戦略に組み込み、自社の事業活動に伴う温室効果ガス(GHG)排出量を体系的に削減する取り組みのことです。
これは単にCSR(企業の社会的責任)として環境配慮を掲げるにとどまらず、長期的な事業リスクの低減と企業価値の向上を両立させるための経営上の重要施策として位置づけられています。
▼参考:社会的責任(CSR)とは?企業が果たすべき役割と最新の課題
この脱炭素経営の潮流が加速した大きな転換点は、2015年に国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択された「パリ協定」です。
国際社会はこの合意を通じて、産業革命前からの気温上昇を2℃未満に抑え、1.5℃に制限する努力を追求するという目標を共有しました。
こうした国際的枠組みの中で、各国が自主的に排出削減目標を設定・報告する体制が確立され、企業に対する要請も急速に強まっています。
日本政府もこの動きを受けて、2021年に「2050年カーボンニュートラル」宣言を正式に打ち出し、2030年には温室効果ガス排出量を2013年度比で46%削減する目標を設定しました。
さらに2023年には、この間の追加的な政策強化として「2035年に同60%削減」という新たな中間目標を策定しています。
これにより、企業の対応にも一層の加速が求められるようになりました。
ここで言う「カーボンニュートラル(実質排出ゼロ)」とは、排出されるGHGの総量から、森林吸収やカーボンクレジットによって吸収・除去される量を差し引き、全体としての排出量を実質ゼロにするという考え方です。
つまり、企業にとっては、排出量の可視化・削減努力だけでなく、オフセットを含む包括的な炭素マネジメントが重要になります。
▼参考:カーボンクレジットとは?その種類と違い:どれを選べばいいのか?
現在では、脱炭素への取り組みが「競争力」「信頼性」「資金調達力」のいずれにも直結する要素となっており、もはや任意の取り組みではありません。
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やSBT(科学的根拠に基づいた排出削減目標)などの国際基準への対応は、投資家や金融機関、取引先との信頼構築においても不可欠となりつつあります。
▼参考:SBT認定を目指す企業必見!申請で押さえるべき重要ポイント
企業が将来の規制強化や市場変化に柔軟に対応し、持続可能な成長を実現するためには、今このタイミングで脱炭素経営に舵を切ることが必要不可欠です。
環境と経済の両立を追求する企業こそが、次代のリーダーとして社会に信頼される存在となるでしょう。

▼出典:環境省 グリーン・バリューチェーンプラットフォーム 脱炭素経営とは
温室効果ガス(GHG)とは
脱炭素経営を考えるうえで欠かせないのが、「温室効果ガス(GHG)」の正しい理解です。
GHGとは、地球の大気中に存在し、太陽からの熱を地表にとどめる性質を持つ気体の総称で、温暖化の主要な原因として国際的に認識されています。
英語では Greenhouse Gases、略して GHG(ジーエイチジー)と表記され、日本語では「温室効果ガス」と訳されます。
GHGにはさまざまな種類があり、最もよく知られているのは二酸化炭素(CO₂)ですが、それ以外にも、メタン(CH₄)、一酸化二窒素(N₂O)、代替フロン類(HFCsやPFCs、SF₆など)といった気体が含まれます。
これらのガスはそれぞれ、地球温暖化を引き起こす力――すなわち地球温暖化係数(GWP:Global Warming Potential)が異なり、たとえばメタンは同じ質量のCO₂に比べて約28倍、一酸化二窒素は約265倍、HFC類は数千倍以上の温暖化効果を持つものも存在します、
こうした多様なガスが温室効果ガスとして認識されているにもかかわらず、「脱炭素」や「カーボンニュートラル」といった表現では主にCO₂の削減に焦点が当てられるのが一般的です。
その背景には、実際のGHG排出量の大半がCO₂であるという事実があります。
たとえば、日本政府が2023年に公表した温室効果ガスインベントリによれば、CO₂は国内総排出量の約92%を占めており、企業活動における排出源のほとんどがCO₂に集中していることがわかります。
▼参考:【2025年最新】カーボンニュートラルとは?現状と今後のトレンド
したがって、「脱炭素」という表現はあくまで象徴的なものであり、実際にはCO₂を中心としながらも、他のGHGも含めた総合的な排出削減が求められているのが現状です。
特に、農業分野で排出されるメタンや、冷凍・空調設備で使用されるフロン類など、非CO₂ガスに対する管理と削減の取り組みも不可欠となっています。
企業が脱炭素経営を本格的に進めるには、
まずはこうした温室効果ガスの種類や性質を正しく理解し、自社の排出実態と向き合うことが重要です。
見えにくい排出源にも目を向け、戦略的に削減施策を講じていくことが、長期的な競争力の源泉となるのです。

▼出典:日本のエネルギー 2022年度版 「エネルギーの今を知る10の質問」
脱炭素経営が必要な理由
温室効果ガスの仕組みと影響を理解すると、なぜ今、企業が脱炭素経営に本格的に取り組む必要があるのかが、より明確に見えてきます。
実際、私たちが直面している気候変動の影響は、もはや未来の話ではありません。
異常気象による被害は世界中で増加しており、日本でも集中豪雨や猛暑、台風の激甚化など、気候に起因する災害が経済や事業活動に与える影響は年々深刻さを増しています。
こうした現状を裏付けるのが、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による第6次評価報告書(AR6)です。
この報告書では、世界の平均気温はすでに産業革命前と比べて約1.1℃上昇していると明記されており、2030年代には1.5℃上昇に到達する可能性が極めて高いと指摘されています。
さらに現在の排出トレンドが続けば、今世紀末までに最大4℃程度の気温上昇が起こるシナリオも現実味を帯びてきています。
「たった数度の上昇」と侮ることはできません。1.5℃を超える気温上昇は、極端気象の発生リスクを大幅に高めるだけでなく、農業・漁業の不安定化、感染症の拡大、気候難民の増加、生態系の破壊など、人類全体の生活と経済に直接的な打撃をもたらすとされています。企業にとっても、サプライチェーンの混乱や原材料の高騰、施設被害、操業停止など、極めて現実的な経営リスクにつながります。
このような背景から、各国政府や国際機関は、温室効果ガス排出に対する規制を年々強化しています。
日本でも、カーボンプライシングの導入準備が進むほか、大企業を中心に気候関連財務情報(TCFD)の開示が義務化され、企業活動におけるGHG排出の透明化と削減努力が一層求められる時代に突入しています。
これまで「任意」とされていた脱炭素の取り組みが、今後は取引継続や資金調達の前提条件となる可能性も否定できません。
▼参考:カーボンプライシングとは?メリットとデメリット:企業が知っておくべきポイント
だからこそ、いまこの瞬間から脱炭素経営を進める意義は極めて大きいのです。
将来の規制強化に柔軟に備えると同時に、環境対応を積極的に打ち出すことは、ステークホルダーからの信頼獲得や新たな事業機会の創出にもつながります。
脱炭素はもはやコストではなく、持続可能な経営と企業価値向上のための「戦略的投資」であるという視点が重要です。
▼参考:IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の役割と活動とは?

脱炭素経営の5ステップ
では、どのようにして脱炭素経営を進めればよいか見ていきましょう。
ステップ1:会社のGHG排出量の把握
脱炭素経営の入り口は、自社のGHG排出量の把握から始まります。
一般的には「GHGプロトコル」という国際規準を基にScope1・Scope2・Scope3と言われる範囲を算定していきます。
Scope1は事業者自身が燃料の使用や製造工程などで直接排出したGHG排出量のこと。
Scope2は他社から供給されたエネルギー、たとえば電気、熱、蒸気などの使用に伴う間接的な排出のこと。
そしてScope3は、Scope1、Scope2以外の間接排出を指します。
例えばサプライヤーから購入した原料や部品も、それが加工・製造される過程でGHGを排出しています。
そうしたサプライチェーン全体の排出量を指します。
▼参考:Scope3とは?最新情報と環境への影響と企業の取り組み
自社で使う燃料(ガソリンなど)や電気の量以外に、仕入れた材料やサービス、加工や輸送、廃棄などの過程で排出されるCO2まで把握するのは大変ですが、物量や金額からそれぞれの「排出係数」と言われる専用係数があり、そこから算出します。
ステップ2:温室効果ガスの削減目標を設定
排出量が把握できたら、次は企業としてのGHG排出量の削減目標を設定します。
パリ協定の目標に整合した共通基準であるSBT(Science Based Targets)という削減目標を参考に設定するのがおすすめです。
5~10年先または2030年を目標に毎年どの程度削減をするか数値目標を設定します。
削減目標の設定ができれば、SBTの運営事務局であるSBTi(Science Based Targets initiative)に申請をすることも検討しましょう。
認定されれば、ステップ5でご紹介する社外に向けたPRにつながります。
▼参考:中小企業もできる!脱炭素目標「SBT認定」のメリットと申請方法
ステップ3:具体的な削減施策の立案・実行
GHG排出量の削減目標が決まったら、具体的な削減施策を検討していきます。
まずは算定で把握できた自社の排出量を分析し、排出が多い箇所やすぐに取り掛かれそうな施策を優先して検討するのが良いでしょう。
例えば、施設や事業所・工場などのエネルギー効率化、環境に配慮した素材への切り替え、再生可能エネルギーの導入など、様々なアプローチがあります。
ステップ4:削減施策の評価と改善
実際に削減施策を実行する際には、目標を達成するための継続的な算定と評価が必要です。
GHG排出量を年一回以上は算定し直し、実際に予定通り削減されたかどうかを確認し、課題や改善点を洗い出します。
削減施策方法についても、新しいサービスがないか常に最新情報を取得できるようにしましょう。
ステップ5:社外に向けた情報開示
算定や目標設定ができた時点でHPにサスティナブル情報をまとめたページを作成し、社外に向けてGHG排出量を公表する企業も増えています。
その際に、SBTiに申請を行い、削減目標設定の妥当性を認定してもらうことも検討しましょう。
上場企業ではTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)といって、統合報告書や有価証券報告書に気候関連財務情報の開示を行うことで、金融機関や投資家へ気候変動によるリスクと機会の理解を進めています。
▼参考:サステナビリティレポートとは?│作成方法と重要性を自社の取り組みを交えて説明
その他、事業全体で使う電力を100%再生可能エネルギーを使うことを目標とするする国際的なイニシアティブ「RE100:Renewable Energy 100%」などの宣言などもありますので、企業として環境に配慮した活動をPRするのに有効です。
ステークホルダーの協力はとても重要です。顧客、従業員、株主、地域社会への理解を促していくためにも開示できる情報は公表していきましょう。

▼出典:サステナビリティ(気候・⾃然関連) 情報開⽰を活⽤した経営戦略⽴案のススメ(PDF)
脱炭素経営に取り組む5つのメリット
脱炭素経営は、環境保護だけにとどまらず、企業の競争力強化や長期的成長を支える中核的な経営戦略として注目されています。
カーボンニュートラルの実現を目指す動きが国内外で加速する中、いち早く行動を起こす企業には多くのメリットが期待されています。
ここでは、特に重要な5つの利点を詳しく見ていきましょう。
1. 競争優位性の構築
脱炭素への積極的な姿勢は、社会的評価を高め、取引先や投資家、消費者との信頼構築につながります。
特にTCFD対応やSBT認定など、国際的なフレームワークに則った取り組みは、企業の透明性や信頼性を強く印象づける要素です
。環境対応の進んだ企業は、公共調達やBtoB契約においても優先される傾向があり、他社との差別化を図る有力な手段となります。
2. 光熱費・燃料費の削減
脱炭素経営を進める過程で、省エネ機器の導入や再生可能エネルギーへの切り替えが進むことで、エネルギー使用量の削減が実現します。
これにより、電力や燃料にかかるコストを中長期的に抑制できるだけでなく、エネルギー価格の変動リスクにも強くなります。
また、今後導入が見込まれる炭素税や排出権取引制度に対するリスクヘッジとしても機能します。
3. ブランド力・認知度の向上
環境問題への真摯な取り組みは、企業のブランド価値を大きく押し上げます。
特にサステナビリティへの意識が高い若年層や海外市場では、「環境配慮型企業」であることが購買や投資判断の基準になるケースも増えています。
脱炭素経営を発信することで、知名度の向上や広報・マーケティング効果の強化につながり、企業の存在感を高めることができます。
4. 社員のモチベーションと人材獲得力の向上
環境に配慮した経営は、従業員の誇りや共感を育み、社内エンゲージメントの向上にも寄与します。
特にZ世代をはじめとする若手人材は、企業の環境・社会貢献への姿勢を重視しており、採用活動でも重要なアピールポイントとなります。
社内外からの共感を得ることで、人材の確保と定着の双方にプラスの効果をもたらします。
5. 好条件での資金調達が可能に
近年、ESG投資やグリーンファイナンスの広がりにより、脱炭素に積極的な企業には金融機関や投資家からの関心が集まっています。
環境に配慮した経営は、「将来性が高い」「持続可能性がある」と評価され、低金利・長期融資といった好条件での資金調達が可能になります。
また、グリーンボンドやサステナビリティ・リンク・ローンなどの環境金融商品を活用することで、成長資金の確保と企業価値向上の両立が実現できます。
▼参考:ESGとは?サステナビリティ経営の基礎と最新トレンドを解説

企業の脱炭素経営の取り組み事例
実際に取り組みを早くから始めた企業も多くあります。一例をご紹介します。
セイコーエプソン株式会社
- SBTiの承認も受けた2℃目標のGHG削減目標を掲げるScope1+2を2025年度までに2017年度比で34%削減Scope3を2025年度までに2017年度比で事業利益当たり44%削減
- 主な取り組み内容インクジェット技術で印刷時の電力消費を抑え、オフィス電力の削減に貢献太陽光発電や省エネなどの設備投資再生可能エネルギー電力の活用カーボンプライシングの設定物流効率の向上、拠点の見直し
株式会社セブン&アイ・ホールディングス
- 「GREEN CHALLENGE 2050」を宣言し、店舗運営のGHG排出量を2030年までに50%削減、2050年までに実質ゼロを目標に掲げる
- 主な取り組み内容太陽光発電やLED照明などの省エネ設備の導入の推進配送車両を環境対応車に切り替え配送センターの使用電力を自動制御にすることで、電力効率を向上
大成建設株式会社
- 2030年までに売上高あたりのCO2排出量を、2019年度比でスコープ1+2では50%、スコープ3では32%削減する目標を掲げる
- 主な取り組み内容「TAISEI Sustainable Actionポイントシステム」を構築し、建設現場における環境負荷低減活動の取り組みを定量的に可視化「ゼロカーボンスチール・イニシアティブ」を始動させ、鋼材製造時の更なる脱炭素化技術の導入とCO2排出量の削減・除去に係る貢献活動等に取り組むコンクリート内部にCO2を固定することで、CO2収支をマイナスにできる、カーボンリサイクル・コンクリートの開発
脱炭素経営のまとめ
これらのステップを踏むことで、企業の環境負荷を軽減し、社会からの信頼を高めることができます。
また、脱炭素経営を実践することで、コスト削減や新たなビジネスチャンスを生み出す事例をご紹介したように、成長戦略に掲げている企業もあります。
とはいえ、脱炭素経営は一朝一夕に実現するものではありません。
長期的な目線で計画を立て、継続的に取り組むことが重要です。経営戦略の一部として捉え、企業価値向上につなげていきましょう。