JCLP主催イベントレポート | 水素の可能性とリスクを世界的アナリストが解説

2023年10月17日(火)に表題の講演会へ参加してきました。
世界的エネルギーアナリスト、マイケル・リーブライク氏を日本にお招きした講演会でしたので、日本にいると気づきにくい視点からのお話はとても新鮮でした。
世界が脱炭素社会の実現を急ぐ中、日本は「水素基本戦略」をいち早く策定し、水素エネルギーの活用を国家戦略の中核に据えてきました。
多様な原料から製造可能で、使用時にCO₂を排出しない水素は、再生可能エネルギーと並ぶ次世代のクリーンエネルギーとして期待されています。
一方で、製造・貯蔵・輸送のコストや効率面では多くの課題も指摘されています。
本記事では、日本の水素戦略の歴史と最新動向に加え、マイケル・リーブライク氏の視点を通じた現実的な課題、そして私たちがこの複雑なエネルギー政策とどう向き合うべきかを多角的に解説します。
持続可能な社会に向けて、見落としてはならない水素の「本当の姿」に迫ります。

日本の水素戦略
なぜ水素エネルギーが注目されているのか
地球温暖化に伴う世界的な脱炭素の流れを受けて、化石燃料由来のエネルギーではなく、再生可能エネルギー(以下、再エネ)に注目が集まっています。
太陽光発電をはじめ、風力・地熱・水力・バイオマスといった再エネの1つに水素エネルギーも該当します。
▼参考:再エネ導入を考える企業必見|再生可能エネルギーの種類・導入方法・成功事例
水素エネルギーが注目される理由 01
さまざまな資源からつくることができる。
水素は、電気を使って水から取り出すことができるのはもちろん、石油や天然ガスなどの化石燃料、メタノールやエタノール、下水汚泥、廃プラスチックなど、さまざまな資源からつくることができます。
また、製鉄所や化学工場などでも、プロセスの中で副次的に水素が発生します。
水素エネルギーが注目される理由 02
エネルギーとして利用してもCO2を出さない。
水素は、酸素と結びつけることで発電したり、燃焼させて熱エネルギーとして利用することができます。その際、CO2を排出しません。
3つの水素エネルギー
水素エネルギーには、大きく3つの種類があります。

▼出典:経済産業省 資源エネルギー庁 次世代エネルギー「水素」、そもそもどうやってつくる?
グレー水素
石炭など化石燃料を燃焼させて作る水素。製造過程でCO2を排出してしまうため、環境負荷が大きいのが課題となります。
ブルー水素
生成はグレー水素同様に化石燃料。ブルー水素の特徴は製造工程で発生したCO2を貯留や再利用すること。
代表的な例としてCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)という手法があります。
これは古い油田にCO2を注入することで「残った油田の押出・CO2の貯留」の両方が叶うシステムです。
グリーン(クリーン)水素
太陽光発電などの再生可能エネルギーを使って生成する方法です。
水を電気分解する「電解」で製造されるため、CO2を排出しないのがメリットです。
日本における水素の歴史
実は日本は、水素に注目するのが世界的に見てもとても早い国でした。
2017年12月26日、世界で初めてとなる府省庁横断の国家戦略として、「水素基本戦略」を策定。
すると、これを皮切りに2022年までの約5年間で日本を含め26の国や地域が水素戦略を策定しました。
その翌年には水素閣僚会議(HEM:Hydrogen Energy Ministerial Meeting)を日本が主催し、トップダウン型での水素政策へのモメンタム形成を図るなど、日本は世界の水素社会構築への牽引役となってきました。
技術面でも、世界初の燃料電池自動車(FCV:Fuel Cell Vehicle)の実用化や、家庭用燃料電池の普及拡大、世界トップクラスの関連特許数など、世界をリードしてきました。
また、水素輸送、水素発電、工場での熱利用など、これまでの研究開発の蓄積の上に、様々な水素関連技術の実証も次々と成功を収めています。

▼出典:水素・燃料電池戦略ロードマップ~水素社会実現に向けた産学官のアクションプラン~(全体)
今後も加速する日本の水素戦略
2017年の「水素基本戦略」策定から2022年までの間に、2つの大きな節目を迎えたことで日本は水素戦略をさらに加速するようです。
一つ目の節目は、2020年10月の2050年カーボンニュートラル宣言。
本宣言も踏まえて改定された第6次エネルギー基本計画では、2030年度の電源構成の1%程度を水素・アンモニアで賄うこととし、水素・アンモニアは、電力供給の一翼も担うエネルギーとして位置付けられました。
また、カーボンニュートラル宣言にあわせて組成された2兆円のグリーンイノベーション基金(GI基金)では、水素関連技術に約8,000億円が充てられ、商用化に必要な技術の開発や実証を行っています。
▼参考:【2025年最新】カーボンニュートラルとは?現状と今後のトレンド
二つ目の節目は、2022年2月のロシアによるウクライナ侵略。
世界のエネルギー需給構造に大きな変化が起こり、G7首脳宣言ではロシアへのエネルギー依存をフェーズアウトすることが確認され、エネルギーとしての水素利用が一気に現実味を帯びました。
日本は、「成長志向型カーボンプライシング構想」のもと、今後10年間に官民で150兆円超のGX関連投資を引き出すべく、国による20兆円規模の先行投資支援を行う方針を示しています。
水素社会実現の成否が、国家の競争力を左右するものになるとも捉えているため、これまで以上に政策リソースを配分し、民間企業の投資を最大限促進していくようです。
かつての水素基本戦略は、国内水素市場をつくり上げることを念頭に置いて策定されました。
しかし、国内水素市場の広がりに限界を感じたため、より市場の広がりが大きい世界を念頭に戦略を改定しています。(世界の水素市場は2050年までに年間2.5兆ドルの収益と3,000万人の雇用創出も予測される)
講演会レポート(講師:エネルギーアナリスト_マイケル・リーブライク氏)
クリーン水素はアーミーナイフのよう
水素は未来の世界経済のアーミーナイフであり、あらゆる仕事をこなすことができる。
しかし問題は、アーミーナイフのように、理論的に可能なすべてのことに水素を使うことはできないということだ。
例えば大きなパンや肉を切るために、木の枝を切るためにアーミーナイフは使わない。より効率の良い適した道具があるからだ。
クリーン水素は、活用場面ごとに経済への参入を勝ち取らなければならない。
水素のメリットで競ってもいいし、(炭素価格を含む)支援政策によって競うこともできる。
同じ問題を解決できる他のあらゆるクリーンテクノロジーとの競争の中で、参入を勝ち取らなければならない。
しかし多くの活用場面において、水素が使われていないのにはそれなりの理由がある。
水素エネルギーのリスク
ここでは水素エネルギーのリスクや商業化における懸念点について紹介します。
▼クリーン水素のラダー図

これはクリーン水素の活用場面を、メリットの大きい順にランク分けしたものです。
AがGood、GがBadです。水素にはアンモニアや、水素を燃料とする電子燃料や合成燃料も含まれます。
この梯子は、クリーン水素がネット・ゼロの未来の一部となることが確実な場所、つまり、現在汚染を引き起こすグレー水素を使用している場所から始まり、他のより優れた解決策(一般的には、直接電化やバッテリー)がほぼ確実に存在する場所について、図にまとめたものです。
これを見ると、水素エネルギーは陸送に向かないことがすぐに分かると思います。
(地下鉄、バス、自動車等は全てGランク)
電気を水素に変換し、圧縮し、貯蔵し、移動させてから車両に搭載して電力に戻すというのは、非常に非効率です。
電力のロスが大きいし、水素自動車の車両は部品点数が多く複雑で、メンテナンスコストも高くなります。
▼自動車の性能比較(電気 vs 水素)

走行距離や充電時間を除いた多くの項目で電気自動車が勝っています。
水素自動車は加速が悪く、座席と荷物のスペースも少なく (水素タンクが大きい)、(ドライブトレインが非常に複雑なため)メンテナンスに手間がかかります。
インフラも整っていないため、簡単に燃料を補給することもできません。

売上の比較もご覧の通りです。
質疑応答
Q1:日本がお手本にできる水素戦略はありますか?
A:完璧な水素戦略は無い。このクリーン水素ラダー図が大事。
水素の製造、運搬、貯蔵においてそのコストは現実的かよく考える。
何かを見過ごすことで遅れを取るという心配は分かるが、非現実的なのであれば仕方ないという判断も大切。
Q2:熱活用において、電気と水素どっちが有効?
A:水素は使われない可能性がとても高い。
水を電子レンジで温めるとその熱効率は95%。
これは電気科学が熱科学へ移行している。
Q3:日本の脱炭素ロードマップは水素依存が強い。これはなぜだと思いますか?
A:イギリスであれば電線で国境をまたぐことができる。
そのため日本に比べてエネルギーの不安は少ない。日本は島国なのでエネルギー不安が大きいというのが1点。
もう1つ、日本は一度決めた方向性を変えるのが難しい文化があると思う。水素社会の実現はとても難しいのに、国のトップは水素社会を掲げている。
だから日本は水素社会を推進しているんだと思います。トヨタの水素自動車も心配しています。
まとめ
水素戦略を加速させる日本に対し、マイケル・リーブライク氏は、水素エネルギーの実用化は現実的ではない、という警笛を鳴らしています。
大きなプロジェクトになるほど色々なバイアスが入るため、何が正解で、どれが真実なのか、一般の私達にはとても分かりにくいですよね。
この記事を書くに当たりネットでも水素エネルギーについて調べましたが、日本の記事はポジティブな内容が多い印象でした。
では私達にできることは何か。
国が決めた戦略を私達の手で変えることはとても難しいため、どんな戦略になってもすぐに対策が取れるように、情報を多面的に、そして根気よく取り続ける、というのが大事だと思います。
限られた予算で日本はどこに注力していくのかよく観察しながら、その事象を自社の環境経営と少しでも紐づけていきましょう。