企業が温室効果ガス削減目標を設定する際の重要なポイント

気候変動への対応が企業経営にとって避けては通れない時代となり、温室効果ガス(GHG)削減の数値目標を明確に設定することは、単なるCSRではなく経営戦略の中核を担う行為へと変わりつつあります。

国際的にはパリ協定やSBT(Science Based Targets)などの科学的根拠に基づく枠組みが整備され、日本国内でも政府や自治体が削減目標を相次いで明示。
こうした背景を踏まえ、自社の環境負荷を科学的に把握し、実効性のある目標を設定・管理することが、投資家・取引先・地域社会からの信頼を獲得する鍵となっています。

本記事では、企業が脱炭素経営を推進する上で欠かせない「温室効果ガス削減目標の立て方」について、①スコープ1・2・3を含む排出量の算定方法、②短期・中期・長期に分けた具体的な目標設定のステップ、③2030年・2035年・2050年を見据えた将来ビジョンの構築という3段階に分けてわかりやすく解説します。

さらに、日本政府や地方自治体、国際機関、業界団体が提示する削減指針との整合性も整理し、自社の状況に合わせた最適な戦略立案のヒントを提供します。

責任ある行動が、持続可能な成長と企業価値向上を実現する——そんな時代に求められる実務と展望を、ここから掘り下げていきましょう。

目次

温室効果ガス削減目標の設定が企業にもたらす意義と実践ステップ

脱炭素経営の実現に向けて、企業が温室効果ガス(GHG)の削減に取り組む際には、明確な数値目標の設定が不可欠です。
目標は単なる理想ではなく、事業活動の環境負荷を科学的に評価し、持続可能な未来への責任ある行動を導く羅針盤となります。
ここでは、削減目標の策定に必要なプロセスを、「現状分析と算定方法」「目標設定のステップ」「未来に向けたビジョン」の3つに分けて解説します。

① 排出量の現状分析と算定方法

数値目標を定めるには、まず自社の温室効果ガス排出の全体像を把握することが出発点となります。
環境への影響を定量的に評価することで、どの領域に優先的に取り組むべきかが明確になります。

評価の基本は「スコープ1・2・3」の枠組みに沿った排出量の算定です。

これらを網羅的に算出するには、排出源ごとの活動量データと排出係数(排出原単位)を掛け合わせる「活動量×排出係数」という基本式に基づいた計算が必要です。

信頼性の高い排出原単位(たとえばIDEAデータベースや国際LCA基準)を活用することで、将来的な第三者検証にも耐えうるデータ基盤を築けます。

▼参考:排出原単位(排出係数)は何を使う?データベースの選び方と活用事例

② 具体的な目標設定のステップ

次に、分析結果をもとに削減目標をどのように設定するかが重要です。
ここでの要点は、「基準年の設定」と「科学的根拠に基づく目標(SBT)」の活用です。

▼参考:SBT認定を目指す企業必見!申請で押さえるべき重要ポイント

まず、基準年は過去数年の排出データが安定しており、信頼性が高い年を選定します。
たとえば2019年や2022年など、外部環境の影響が少ない年が好ましいです。
この基準年を起点として、将来の削減率を設定します。

目標設定にあたっては、SBT(Science Based Targets)の枠組みを活用することで、気候科学と整合性の取れた目標が立てられます。
SBTは、気温上昇を1.5℃以内に抑えるという国際的な合意に沿った排出削減のパスウェイを提示しており、業種別の指標や中小企業向けの簡易申請フォーマットも用意されています。

また、目標は短期・中期・長期の3段階に分けると効果的です。

  • 短期目標:省エネ設備導入や業務改善など、即効性のある施策
  • 中期目標:再エネ導入、モーダルシフト、サプライチェーンとの連携
  • 長期目標:カーボンニュートラル達成に向けた構造転換やイノベーション投資

段階的なロードマップを明示することで、社内外の理解と協力を得やすくなります。

③ 2030年・2035年・2050年に向けたビジョン

企業が社会からの信頼を得るためには、将来に向けた具体的な数値目標と、その裏付けとなる戦略が不可欠です。
たとえば以下のような目標設定が考えられます。

  • 2030年:基準年比で50%削減(1.5℃目標に整合)
  • 2035年:脱炭素の主力施策(再エネ100%、EV化など)の実装完了
  • 2050年:バリューチェーン全体でのカーボンニュートラル達成

これらは単なる理想ではなく、国際的な枠組み(パリ協定、TCFD、ISSB)と整合した道筋です。
ビジョンに基づく中長期の数値目標を掲げることで、投資家や取引先との対話もスムーズになり、ESG評価やCDPスコアにも好影響を与えます。

▼参考:FTSEとは?ESG評価の基準と企業におけるESG評価の活用

さらに、進捗状況の定期的なモニタリングと開示は、企業の信頼性を高めるカギとなります。
KPIの達成状況や課題を透明性高く報告することは、単なる義務ではなく、ブランド価値向上にもつながる戦略的行動です。

各機関が示す削減目標の指針と企業への示唆

企業が温室効果ガス(GHG)削減目標を定める際には、自社の意志だけでなく、国や自治体、国際機関、業界団体が示す外部の目標・基準も踏まえて検討することが重要です。
こうした公的な指針を理解し、自社の戦略に適切に取り入れることで、社会的信頼性を高め、長期的な競争力を確保することにつながります。

日本政府の目標:段階的に強化される国家戦略

日本政府は、パリ協定に基づく国際的な気候目標に貢献するため、温室効果ガス削減の長期的なロードマップを明確に示しています。
2025年2月には、次期NDC(国が決定する貢献)として新たな削減目標を閣議決定し、国連に提出しました。

この中で掲げられた主な数値目標は以下のとおりです。

  • 2030年度までに2013年度比で46%削減
  • 2035年度までに同60%削減
  • 2040年度までに同73%削減
  • 2050年には温室効果ガス排出の実質ゼロ(カーボンニュートラル)を達成

特に2035年と2040年の新たな目標は、これまで以上に明確な中間地点を設けることで、企業にとってもより実行可能性のある中長期的な目安となります。
また、これに伴い政府は再生可能エネルギーの導入拡大や原子力の活用を推進し、2040年には電源構成のうち再生可能エネルギーを40〜50%、原子力を20%程度とする方針も打ち出しています。

地方自治体の動向:地域ごとに高まる脱炭素の意識

最近では、地方自治体による独自の削減目標設定も活発化しています。
多くの都道府県が、国の目標に呼応する形で2013年度比40~50%削減を2030年までの目標として掲げる傾向にあり、地域密着型の中小企業にも対応が求められています。
自治体が示す削減目標は、地域経済や地元産業の方向性を示すものでもあり、企業にとって重要な外部環境の一部です。

▼参考:わかやま県政ニュース 新たな温室効果ガス目標を設定しました

国際的な枠組み:Science Based Targets(SBT)

グローバルな視点では、気候科学に基づいた目標設定の枠組みであるScience Based Targets(SBT)の導入が進んでいます。
SBTでは、基準年(通常2015年以降)からの削減率を明示し、気温上昇を1.5℃以内に抑えるための削減パスを企業に求めます。

標準的なSBTでは、以下のような年間削減率が求められています。

  • Scope 1・2(直接排出・エネルギー由来の間接排出):年平均4.2%以上の削減
  • Scope 3(サプライチェーン等の間接排出):年平均2.5%以上の削減

このような科学的根拠に基づいた国際的な指針を活用することで、企業の脱炭素戦略はより信頼性の高いものとなり、海外投資家やグローバル市場への対応にもつながります。

※SBTでは、以下のように基準年に対して目標達成年までに、Scope1,2でどれくらいの削減目標を推奨しているかを参考情報として出しています。

▼出典:SBTi中小企業向けターゲット検証申請チェックリスト

業界団体の動き:業種別の現実的な目標

業界ごとにも、脱炭素に向けた独自のビジョンが策定されています。たとえば運輸業界では、物流の効率化や低炭素車両の導入を通じて、2005年度比で2030年までに30%前後の削減を目指す目標が共有されています。
業界団体が主導するこれらの目標は、加盟企業にとっての共通基盤となり、自社の取り組みの妥当性を判断する材料にもなります。

▼出典:公益社団法人HP トラック運送業界の環境ビジョン2030:メイン目標

企業に求められる対応

このように、国、自治体、国際機関、業界団体といった各レベルで削減目標が示されている中、企業が数値目標を設定する際には、こうした複数の基準を俯瞰的に捉え、自社の事業領域・サプライチェーン・地域特性に即した形で整合を取ることが求められます。

外部の指針に基づいた削減目標を掲げることで、単なるCSRの枠を超えた経営戦略としての脱炭素化が可能となり、ステークホルダーからの信頼性やESG評価、投資家からの資金調達力にも大きな影響を与えます。

まとめ


ISO 14068-1は、カーボンニュートラリティを達成するための国際規格として2023年に発行され、企業が温室効果ガス(GHG)排出量を正確に算定し、削減やオフセットを組み合わせて透明性の高い取り組みを進めるための枠組みを示しています。

従来問題視されてきた不透明な低炭素表現やグリーンウォッシュを防ぐ役割を担い、第三者による検証プロセスを通じて信頼性を確保できるのが大きな特徴です。

また、カーボンニュートラリティとネットゼロの違いも明確にされており、Scope1・2に加えてScope3まで含めた厳格な削減努力が求められる点で区別されます。

ISO 14068-1の取得は、国際的な信頼性や競争力の向上、規制対応、持続可能な成長の推進につながり、今後の企業経営において不可欠なステップとなるでしょう。。

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