アフリカの脱炭素化とTICADの役割|再エネ・水素・カーボンクレジットの最前線

アフリカ大陸は今、世界の脱炭素化と持続可能な成長を語る上で欠かすことのできない存在となっています。
豊富な太陽光や風力、地熱といった資源に支えられ、再生可能エネルギーやグリーン水素の供給拠点として急速に注目を集めています。
さらに、広大な森林を活かしたカーボンクレジット市場の拡大は、地球規模の気候変動対策に直接的なインパクトを与えつつあります。
一方で、6億人以上が電力にアクセスできず、9億人近くがクリーンな調理燃料を使えないという現実も存在します。
こうした状況で重要となるのが、開発と環境対策を両立させる「公正な移行(Just Transition)」の実現です。
この課題に正面から向き合い、国際社会の連携を促す役割を果たしてきたのが、日本政府主導で1993年から始まった「アフリカ開発会議(TICAD)」です。
援助に偏らず、アフリカ諸国の主体性を尊重する「オーナーシップ」と「パートナーシップ」の理念を軸に、TICADは支援の枠組みを超えて投資や産業協力へと進化してきました。
特に近年は、SDGsや気候変動への対応を議論の中心に据え、脱炭素と経済成長を両立させる国際的プラットフォームとして位置づけられています。
2025年に横浜で開催されるTICAD 9では、GX(グリーントランスフォーメーション)とDX(デジタルトランスフォーメーション)の連携が大きなテーマとなり、日本とアフリカの関係は新たなステージへ移行します。
エネルギー、技術、人材育成をめぐる協力が本格化すれば、TICADは単なる外交会議ではなく、世界の未来を左右する実行の場としてその存在感をさらに強めていくでしょう。

TICADとアフリカの関係性
TICADとは何か:誕生の背景と理念
TICAD(Tokyo International Conference on African Development、アフリカ開発会議)は、日本が1993年に立ち上げた国際会議で、アフリカ諸国の開発をテーマにしています。
冷戦終結後、多くの先進国でアフリカへの関心が薄れ「援助疲れ」と呼ばれる状況が広がっていました。
その中で日本は、国際社会がアフリカを見放すことを避け、持続可能な発展を後押しするためにTICADを開催しました。
TICADの理念の核にあるのが「オーナーシップ」と「パートナーシップ」です。
これは、アフリカ諸国が自らの意思で開発を進める主体性を尊重し、国際社会が対等な立場で協力するという考え方です。
従来のように援助国が一方的に支援を押し付けるのではなく、アフリカの自助努力を重視しながら協力関係を築く姿勢は、当時としては先進的であり、アフリカ諸国からも高い評価を得ました。
このアプローチは、単なる資金援助を超えて「共に未来をつくる」枠組みとして、国際社会における日本の独自性を際立たせています。
特に旧宗主国的な関わり方をしてきた欧米諸国との差別化につながり、日本の信頼性を高める外交戦略の一部ともなりました。

▼出典:外務省 TICADの特徴
TICADの進化とアフリカ開発における役割
発足から30年あまり、TICADは国際社会の変化やアフリカの発展段階に合わせて進化を遂げてきました。
初期は貧困削減や社会開発を中心に議論していましたが、2000年代以降は「援助から投資へ」と舵を切り、アフリカの成長を経済的なパートナーシップとして支える方向へシフトしました。
特に2013年のTICAD Vでは、日本政府と民間企業が連携し、大規模な投資を通じてインフラ整備や産業発展を後押しすることが明確に打ち出されました。
こうした動きは「アフリカ・ライジング」と呼ばれる経済成長の流れを後押しし、日本とアフリカの関係をより実務的かつ戦略的なものへと発展させました。
近年では、SDGs(持続可能な開発目標)やアフリカ連合(AU)の「アジェンダ2063」と連動し、単なる経済協力にとどまらず、気候変動や脱炭素、デジタル化といった地球規模の課題に対応する枠組みとして発展しています。
2022年のTICAD 8では「アフリカ・グリーン成長イニシアティブ」が発表され、脱炭素化が中心的なテーマに据えられました。
このようにTICADは、アフリカ開発のための一方的な支援の場から、「共に課題を解決し、持続可能な未来を築く国際プラットフォーム」へと進化してきたのです。
▼参考:NHK TICADで政府 温室効果ガス削減などに15億ドル資金動員表明へ

▼出典:TICAD30周年イベント資料(堀内俊彦外務省アフリカ部長によるプレゼンテーション)(英文)(PDF)
アフリカ脱炭素化の重要性
なぜアフリカの脱炭素が世界に不可欠なのか
アフリカ大陸は、地球規模での気候変動対策において決して無視できない存在です。
世界の太陽光資源の約6割を保有するなど、再生可能エネルギーの潜在力は非常に大きく、グリーン水素やカーボンクレジット市場でも主導的役割を果たす可能性を秘めています。
▼参考:再エネ導入を考える企業必見|再生可能エネルギーの種類・導入方法・成功事例
特に北アフリカ諸国では、欧州向けの再エネ供給や水素輸出の動きが進みつつあり、国際市場への影響力は年々高まっています。
同時に、アフリカは地球温暖化の影響を最も強く受ける地域のひとつでもあります。
干ばつや洪水などの自然災害は食料安全保障を脅かし、社会不安を引き起こすリスクを伴います。
そのため、アフリカの脱炭素化は大陸自身の持続可能な発展のためだけでなく、世界全体の気候安定と経済成長の持続性を左右する鍵といえるのです。

▼出典:JCCCA HP データで見る温室効果ガス排出量(世界)
公正な移行(Just Transition)の課題
一方で、アフリカの脱炭素化は「公正な移行(Just Transition)」を前提としなければなりません。
現在も約6億人が電力を利用できず、9億人以上がクリーンな調理燃料にアクセスできない現実があります。
もし外部から一方的に脱炭素を押し進めれば、電力不足や雇用喪失を招き、地域社会に深刻な影響を与える危険性があります。
課題は大きく三つに整理できます。
- エネルギーアクセスの拡大:数億人に電力を届けるための基盤整備。
- 開発と雇用の確保:工業化や経済成長を進めつつ、環境負荷を抑えること。
- 気候変動対策:再生可能エネルギーを軸に温室効果ガスを削減すること。
これら三つの要請はしばしば矛盾し、バランスの取れた解決が難しいのが実情です。
そのため国際社会、とりわけTICADのような枠組みは、アフリカの主体性を尊重しながら資金・技術をどう提供するかが問われています。
公正な移行を実現できるかどうかは、アフリカ自身の未来だけでなく、世界が持続可能な成長を達成できるかどうかを決める分岐点といえるでしょう。

▼出典:環境省 アフリカにおける廃棄物管理プロジェクト形成促進事業
TICADにおける脱炭素の取り組み
TICAD 8「アフリカ・グリーン成長イニシアティブ」
2022年にチュニジアで開催されたTICAD 8は、アフリカ脱炭素化の議論において大きな転換点となりました。
この会議で日本は「アフリカ・グリーン成長イニシアティブ」を発表し、官民合わせて約40億ドル規模の資金を動員する方針を示しました。
この枠組みは単なる環境支援にとどまらず、経済成長と脱炭素化を両立させる構造転換を目指すものです。
具体的には、再生可能エネルギーの開発や気候変動への適応支援、資源の持続可能な管理といった分野が対象とされています。
従来のTICADが「開発支援」中心だったのに対し、TICAD 8ではエネルギー転換を通じた産業化や投資機会の拡大が明確に打ち出されました。
つまり、アフリカの脱炭素化を「課題」ではなく「成長のチャンス」と位置づけたことが大きな特徴といえます。

TICAD 9に向けたGX/DX連携と日本の戦略
2025年8月、横浜市で開かれる第9回アフリカ開発会議(TICAD 9)は、日本とアフリカの関係を新たな段階へ進める重要な場となります。
今回の会議では、グリーントランスフォーメーション(GX)とデジタルトランスフォーメーション(DX)の融合が大きなテーマに掲げられ、持続可能な経済と技術革新を同時に推進する議論が展開される見込みです。
▼参考:経済産業省が推進するGX(グリーントランスフォーメーション)とは?政策・支援策を徹底解説
横浜市は自らもGX分野での国際的な認知度向上を目指しており、単なる政策発表の場ではなく、実際にビジネスや技術協力を動かす「実行フェーズ」へ移行することが期待されています。
石破総理大臣が掲げる「インド洋・アフリカ経済圏イニシアティブ」とも連動し、日本の成長戦略とアフリカの発展をつなぐ構想が打ち出される予定です。
具体的には、日本の省エネ技術や気候テック企業の強みを活かし、アフリカの再生可能エネルギーや水素プロジェクトへの参画を拡大することが想定されています。
さらに、スタートアップや現地大学との連携を通じてAI人材の育成やスマートグリッド構築を支援し、再エネ・水素・カーボンクレジット取引など新たな市場分野での協力が進むとみられます。
背景には、アフリカの人口増加や消費市場の拡大といった成長要因があります。
国連はアフリカ全体の経済成長率を世界平均を上回る水準と予測しており、モーリタニアやルワンダなど高成長を遂げる国々も増えています。
一方で気候変動によるリスクや失業率の高さといった課題も存在し、国際社会による持続的な支援が不可欠です。
そのためTICAD 9は、外交サミットにとどまらず、日本とアフリカのグリーン経済を具体的に前進させる「市場の場」となることが目指されています。
官民連携による投資促進や技術交流を通じて、日本はアフリカ脱炭素化の信頼できるパートナーとしての地位を高め、国際社会での影響力を強化していくことが期待されます。

▼出典:JETRO 第9回アフリカ開発会議(TICAD9)とアフリカビジネス
再生可能エネルギー・水素・カーボンクレジットの最前線
アフリカの再生可能エネルギーの潜在力(太陽光・風力・地熱)
アフリカ大陸は、世界でも有数の再生可能エネルギー資源を持つ地域です。
特にサハラ砂漠を中心とした北部からサヘル地域にかけては日射量が豊富で、太陽光発電に最適な環境が広がっています。
国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の報告によれば、アフリカ全体で理論的に利用可能な太陽光発電の量は、世界のエネルギー需要を大きく上回る規模です。
▼参考:IRENA(国際再生可能エネルギー機関) | 持続可能な未来へのリーダーシップ
風力についても、紅海沿岸や南部アフリカでは年間を通じて安定した風況が確認されており、大規模風力発電所の建設が進んでいます。
さらに、ケニアやエチオピアは地熱資源に恵まれており、すでに発電容量の一部を地熱エネルギーで賄っています。
これらの資源は、電力不足に悩む地域に持続可能なエネルギー供給をもたらすと同時に、国際市場への輸出を可能にするポテンシャルを秘めています。

▼出典:JETRO 再生可能エネルギーの現状と課題 北アフリカの再エネ(1)
グリーン水素の生産ポテンシャルと国際投資動向
近年、注目を集めているのがグリーン水素です。
再生可能エネルギーを利用して製造される水素は、CO₂を排出しない次世代燃料として期待されています。
国際エネルギー機関(IEA)の試算によれば、アフリカは年間5,000万トン規模の水素を、1kgあたり2ドル以下という競争力あるコストで生産できる潜在力を持ちます。
これは現在の世界の総エネルギー供給量に匹敵する規模であり、アフリカが「世界の水素供給拠点」となる可能性を示しています。
▼参考:水素の色とは?グリーン水素からブルー水素まで徹底解説!温室効果ガス削減の鍵
すでに北アフリカでは欧州との連携が進んでおり、エジプトやモロッコではEU企業との大規模なグリーン水素投資プロジェクトが始動しています。
これにより、再生可能エネルギーの利用拡大だけでなく、新たな輸出産業の育成や雇用創出が期待されています。
国際的な投資家にとっても、アフリカの水素市場は魅力的な成長分野となっています。

▼出典:JETRO 再エネとグリーン水素に注目、COP27で支援要請(アフリカ)
カーボンクレジット市場の拡大と森林保全プロジェクト
カーボンクレジット市場でも、アフリカは存在感を高めています。
カーボンクレジットとは、森林保全や再生可能エネルギー導入によって削減・吸収されたCO₂を「取引可能な権利」として認証する仕組みです。
2024年には、世界で創出されたクレジットの約20%がアフリカ発となり、その規模は年々拡大しています。
とりわけコンゴ盆地の熱帯雨林は「地球の肺」とも呼ばれ、年間6億トンの炭素を吸収する能力があります。
この森林資源を保護しながら、持続可能な開発につなげる取り組みは、環境保全と地域経済の双方に貢献しています。
2023年にはアフリカ初のカーボンクレジット取引所「CYNK」が設立され、市場インフラの整備も進んでいます。
この動きは、アフリカに新たな収入源をもたらすだけでなく、世界全体の気候変動対策にとっても不可欠です。
森林保護を通じて創出されたクレジットを国際的に流通させることで、先進国の排出削減目標を支援し、同時にアフリカの持続可能な発展を後押しする仕組みが形づくられつつあります。

▼出典:JETRO 農業分野におけるカーボンクレジットビジネスの可能性(ガーナ)
未来への展望:アフリカとTICADが切り拓く持続可能な未来
アフリカの脱炭素化は、もはや「地域的課題」ではなく、地球規模の未来を左右するテーマとなっています。
TICADを通じて、日本とアフリカは援助と投資の枠を超え、共に新しい経済モデルを築く段階に入りました。
再生可能エネルギーの普及、グリーン水素の国際展開、カーボンクレジット市場の拡大は、その核心をなす分野です。
今後の展望として重要なのは、これらの技術や市場を「誰の利益のために、どのように展開するのか」という点です。
アフリカには依然として電力アクセスの課題や貧困問題があり、脱炭素化は「公正な移行(Just Transition)」として進められなければなりません
。もし一部の国や企業だけが恩恵を受ければ、格差拡大や社会不安を招く恐れがあるためです。
そのため日本や国際社会に求められるのは、資金供与だけでなく、リスクを抑えながら民間投資を呼び込む仕組みの整備、技術移転や人材育成の支援です。
特にTICAD 9では、GXとDXを結びつけた具体的な協力が進むことで、アフリカが世界の脱炭素化をリードしつつ、自らの持続可能な発展を実現できるかが問われます。
アフリカの潜在力は計り知れず、日本にとっても単なる援助相手ではなく、共に成長するパートナーとしての関係が強化される未来が期待されます。
まとめ
アフリカの脱炭素化は、気候変動対策と経済成長を両立させる試金石であり、世界にとって避けて通れない課題です。
太陽光や風力、地熱などの豊富な資源、グリーン水素の低コスト生産力、さらにはカーボンクレジット市場の急拡大は、アフリカが「脱炭素フロンティア」として国際社会で存在感を高める要因となっています。
一方で、電力アクセスの不足や雇用確保といった「公正な移行(Just Transition)」の実現は大きな挑戦です。
日本が主導するTICADは、この矛盾を乗り越える国際協力の場として進化を遂げ、2025年のTICAD 9ではGXとDXを組み合わせた戦略的議論が展開されます。
今後、日本は資金・技術・人材育成の面でアフリカを支え、共に持続可能な未来を創り出す信頼できるパートナーとして国際的な役割を一層強めることが期待されます。