TCFD終了!?新しい気候変動開示基準 IFRSと日本への影響について

近年、気候変動リスクが企業経営に与える影響はますます大きくなり、投資家やステークホルダーによるサステナビリティ情報の開示要求も高まっています。

こうした流れの中で、2015年にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が設立され、企業の気候関連リスクと機会に関する開示の枠組みを示してきました。
TCFDの提言は広く採用され、日本国内でも多くの企業が対応を進めてきました。

しかし、2023年にTCFDの役割は終了し、その機能はISSB(国際サステナビリティ基準審議会)へと統合されました。
ISSBは、サステナビリティ情報の国際的な開示基準として「IFRS S1・S2」を策定し、企業の財務報告と一体化した情報開示を求める新たな基準を打ち出しています。

日本においても、これらの動きに対応するためにSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が設立され、2025年3月5日に独自の開示基準を公表しました。

プライム市場上場企業を中心に適用が想定され、今後の金融庁の法整備を経て、段階的な義務化が進められる見込みです。
本記事では、TCFDの歴史、ISSBによる新たな国際基準の策定、そして日本におけるSSBJ基準の導入とその影響について詳しく解説します。

目次

TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の歴史と意義

TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は、企業が気候変動に関連するリスクや機会をどのように管理しているのかを明確にし、財務情報の開示基準を確立することを目的として2015年に国際的な金融安定理事会(FSB)のもとで設立されました。

以来、TCFDの提言は世界的に広がり、多くの国や企業が採用することで気候変動対策の透明性向上が進められています。

賛同機関数
世界全体:4,925社(企業・機関)
日本       :1,488社(企業・機関)

世界のTCFD賛同機関数

「TCFD賛同」と「TCFD開示」の違い

TCFDに関連する取り組みには「賛同」と「開示」の2つの段階があり、それぞれ異なる意味を持ちます。

1. TCFD賛同とは?

TCFD賛同とは、企業がTCFDの提言を支持することを公に表明することを指します。
TCFDの公式サイトにある「Sign up to support the TCFD」フォームに記入するだけで登録が可能であり、比較的ハードルが低い取り組みです。

2. TCFD開示とは?

一方、TCFD開示とは、TCFDの開示基準に基づき、具体的な媒体(例:有価証券報告書など)で気候関連財務情報を開示することを指します。
特に、日本ではプライム市場に上場するすべての企業がTCFDに基づく情報開示を義務付けられているため、TCFD開示の重要性は一層高まっています。

TCFDの役割の終了と今後の展開

2023年、TCFDの機能はISSBに統合され、今後は「IFRS S1・S2」による国際的なサステナビリティ情報開示基準が企業のガイドラインとなります。
これにより、TCFDが提唱していた開示基準はISSBが管理する形となり、TCFDはその役割を終えました。

ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)とは?

1. ISSBの概要

ISSB(International Sustainability Standards Board)は、企業のサステナビリティ関連情報の開示基準を国際的に統一することを目的とした組織であり、日本語では「国際サステナビリティ基準審議会」と訳されます。
2021年11月にIFRS財団(International Financial Reporting Standards Foundation)のもとで設立され、企業の財務報告におけるサステナビリティ情報の信頼性向上に取り組んでいます。

2. ISSB設立の目的

従来、ESG(環境・社会・ガバナンス)情報の開示基準は、複数の異なる機関によって策定されており、企業や投資家にとって基準の乱立が課題となっていました。
ISSBは、こうした状況を解決するために国際的な統一基準を確立し、企業のサステナビリティ関連財務情報をより透明で比較可能なものにすることを目的としています。
これにより、投資家やステークホルダーが企業の持続可能性に関する情報を適切に評価できるようになります。

3. ISSBの活動と統合された組織

ISSBは、既存のESG開示基準を策定していた主要な機関を統合し、より包括的な基準の策定を進めています。具体的には、以下の2つの代表的な組織がISSBに統合されました。

  • 価値報告財団(VRF:Value Reporting Foundation) SASB(サステナビリティ会計基準審議会)やIIRC(国際統合報告評議会)を運営していた組織。
  • 気候変動情報開示審議会(CDSB:Climate Disclosure Standards Board) 気候関連財務情報の開示基準を策定していた組織。

これにより、ISSBは気候変動リスクを含むESG関連情報を統一的に開示できるグローバルなフレームワークの整備を進めており、企業のサステナビリティ情報開示の新たな国際基準として注目されています。

組織の関係性

新たな国際開示基準「IFRSサステナビリティ開示基準」

ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が策定した新しい国際的なサステナビリティ情報開示基準として、現時点で以下の2つの基準が発表されています。

1. IFRS S1:サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項

この基準は、企業がサステナビリティに関連するリスクや機会をどのように財務報告に統合するかを定めた、包括的な開示基準です。
投資家やステークホルダーが企業の持続可能性を適切に評価できるよう、ESG要素を含む財務情報の一貫性と比較可能性を確保することを目的としています。

2. IFRS S2:気候関連開示基準(TCFDの後継)

IFRS S2は、気候変動に関する情報開示を規定する基準であり、TCFDの枠組みを引き継いだものです。
S1を土台としつつ、特に温室効果ガスの排出量や気候リスクへの対応、戦略の適応力などに焦点を当てています

TCFDの提言に基づく企業の情報開示が今後も重要であることを反映しており、企業の気候変動対策の透明性をさらに強化することが期待されています。

IFRSとISSBの関係

ISSBは、国際的な財務報告基準を策定するIFRS財団の一部門として設立されたため、新たなサステナビリティ開示基準にも「IFRS」の名称が使用されています
これは、既存の財務報告基準(IFRS)と統合的に運用することを目的としており、企業が財務・非財務情報を一体的に開示するための枠組みを確立する狙いがあります。

今後の展望

IFRS S1・S2の導入により、サステナビリティ情報開示の基準はより統一され、投資家が企業のESGリスクを評価しやすくなる環境が整いつつあります
今後、各国の規制機関がこの基準をどのように取り入れるかが注目されており、企業にとっては、新基準に沿った開示対応が求められることになります。

今後はIFRS S3、S4といった形で各カテゴリの開示基準が増えることも予想されています。

日本における影響:SSBJの設立と新たな開示基準

ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の設立を受け、日本でも2022年7月にサステナビリティ基準委員会(SSBJ:Sustainability Standards Board of Japan)が設立されました。
SSBJは、財務会計基準機構(FASF:Financial Accounting Standards Foundation)の一部として、日本におけるサステナビリティ情報開示の枠組みを整備し、国際基準との調和を図る役割を担っています。

SSBJの役割と日本基準の策定

SSBJの主な目的は、日本市場に適したサステナビリティ開示基準(SSBJ基準)の開発と、国際的な基準策定への貢献です。具体的には、以下の2つの主要プロジェクトを進めています。

  • 日本版 S1プロジェクト 企業が財務情報と統合してサステナビリティ関連情報を開示するための全般的な枠組みを規定する基準。
  • 日本版 S2プロジェクト 気候関連のリスクと機会に関する具体的な開示要件を定める基準。

この2つの基準は、ISSBが策定したIFRS S1号およびS2号と連動しており、日本企業が国際基準と整合性のある形で情報開示を行えるよう設計されています。

最新の動向と今後の展開

SSBJ基準は、2025年3月5日に正式に公表されました。
これに先立ち、2024年3月29日には草案が公表され、意見募集が行われるなど、透明性の高いプロセスを経て策定が進められました。

今後、日本の企業にとって、サステナビリティ情報の開示が一層求められる環境が整っていきます。
特に、投資家や国際市場に向けた情報開示の信頼性を高めるため、SSBJ基準に基づく開示が重要な要素となるでしょう。
国際的な開示基準との整合性を保ちつつ、日本の経済環境や企業文化に適した形で基準が運用されることが期待されています。

SSBJ基準はどこまでIFRSを採用するのか?

ISSBが公表するIFRSサステナビリティ開示基準には、強制力の有無に応じた異なる位置付けが存在します。
SSBJ(サステナビリティ基準委員会)は、これらの文書の性質を踏まえた上で、日本の基準への取り込み方針を整理しています。

IFRSの取り込み方針

SSBJでは、IFRSの強制力の有無を基準に、以下の3つの方針を適用しています。

  1. ISSBが強制力を持つと位置付けた文書
    原則として、日本基準に取り入れることを検討する。
  2. 現時点では強制力を持たないが、将来的に強制力を持つ可能性がある文書
    当該文書が正式に強制力を持つことになった時点で取り込みを検討する。
  3. ISSBが強制力を持たないと位置付けた文書
    原則として、日本基準には取り入れない。

具体的な適用例:IFRS S2号の産業別ガイダンス

ISSBは、気候関連開示基準であるIFRS S2号に加え、その適用を補助する「産業別ガイダンス」を公表しています。
しかし、このガイダンスの冒頭では、「追加的な要求事項を設けるものではない」と明記されています。

▼参考:IFRS S2号「気候関連開示」の適用に関する産業別ガイダンス

さらに、IFRS S2号の結論の根拠において、ISSBは「産業別ガイダンスに基づく開示は、必要な修正を行い、IFRS財団のデュー・プロセスに従って公開協議を経た上で、将来的に開示要件となるべきである」との意向を示しています。

これを踏まえ、SSBJは現時点ではIFRS S2号の産業別ガイダンスを例示扱いとし、強制力のないものと判断しています。
今後、国際的な議論の進展を見極めながら、必要に応じて取り入れる可能性があります。

SSBJ基準の公表とその影響

2025年3月5日、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が日本初のサステナビリティ開示基準を正式に公表しました。
この基準は、企業のサステナビリティ関連情報の開示を促進し、国際基準との整合性を高めることで、投資家やステークホルダーがより透明性の高い情報を得られるようにすることを目的としています。

SSBJ基準の構成

SSBJ基準は、以下の3つの文書で構成されており、それぞれの役割が明確に定められています。

  1. サステナビリティ開示ユニバーサル基準:「サステナビリティ開示基準の適用」すべてのサステナビリティ開示に共通する適用方法を定めた、基本的な枠組みとなる基準。
  2. サステナビリティ開示テーマ別基準第1号:「一般開示基準」「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」の4つの要素に基づき、企業が開示すべき情報を包括的に規定。
  3. サステナビリティ開示テーマ別基準第2号:「気候関連開示基準」気候変動に関連するリスクと機会に関する具体的な開示要件を定めた基準であり、ISSBのIFRS S2号との整合性を意識した内容となっている。

▼参考:SSBJ サステナビリティ開示基準

適用対象企業

本基準の適用対象について、SSBJは明確な対象企業を定めていません。しかし、金融庁は「グローバル投資家との建設的な対話を重視する企業(プライム市場上場企業ないしはその一部)から適用を開始することが考えられる」との方向性を示しています
これを踏まえ、SSBJ基準はプライム市場上場企業が適用することを想定して開発されています

なお、プライム市場以外の企業も任意でSSBJ基準を適用することは可能ですが、これらの企業向けに開発されたものではない点には留意する必要があります。

適用時期と今後の展開

SSBJ基準の強制適用時期については、現在も金融庁が法令で定める予定であり、具体的なスケジュールはまだ確定していません。
ただし、金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」では、時価総額に応じた段階的な適用が議論されています。

▼参考:第3回 金融審議会 サステナビリティ情報の開示と 保証のあり方に関するワーキング・グループ 参考資料

また、サステナビリティ情報の保証についても、基準の適用義務化の翌年から保証を義務付ける方向で検討されています。

企業への影響と今後の対応

SSBJ基準に基づく開示を行う場合、企業はサステナビリティ情報の作成プロセスを見直し、開示内容を精査する必要があるでしょう。
特に、有価証券報告書などの法定開示への統合が想定されているため、財務情報との整合性をどのように確保するかが重要な課題となります。

今後、金融庁による法令整備の進展とともに、SSBJ基準の適用対象や開示要件の詳細がより明確になる見込みです。
企業は最新の動向を注視し、適用に向けた準備を進めることが求められます

まとめ

TCFDは、企業の気候変動リスク・機会に関する財務情報開示を推進するため2015年に設立されましたが、2023年に役割を終え、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)へ統合されました。
ISSBは、TCFDの枠組みを引き継ぐ形で「IFRS S1・S2」を策定し、ESG情報の国際基準を確立しました。

日本では、2022年にSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が設立され、2025年3月5日に日本版の開示基準を公表。
プライム市場上場企業を主な対象とし、国際基準との整合性を意識した枠組みを整えています。
今後、金融庁が適用範囲や法的義務を決定する予定であり、企業はサステナビリティ情報の開示準備を進める必要があります。

参考)
IFRS S1号 サステナビリティ開示基準 サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項
https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/publications/pdf-standards-issb/japanese/2023/issued/part-a/ja-issb-2023-a-ifrs-s1-general-requirements-for-disclosure-of-sustainability-related-financial-information.pdf

FRS S2号 サステナビリティ開示基準 気候関連開示

あわせて読みたい

サステナビリティ基準委員会の運営方針 
https://www.ssb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/6/middleplan20221124.pdf

TCFDコンソーシアム
https://tcfd-consortium.jp/about

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