脱炭素経営を実現する気候移行計画|策定ステップと企業事例

世界中で、かつてない規模とスピードで気候変動対策が進んでいます。
パリ協定に代表されるように、世界レベルでの目標設定がなされ、各国政府も政策や規制を強化しています。

各企業は気候変動対策に対してどのような姿勢を示すのかが重要な指標となってきており、その一つに「気候移行計画」の設定があります。

これは、企業が2050年カーボンニュートラル実現に向けて策定する、長期的な戦略と行動計画のこと指し、単に目標を掲げるだけでなく、現状と目標のギャップをどのように埋め、具体的な道筋をどのように示すのかが問われています。

本記事では、気候移行計画とはどういったものか、どのようなステップで策定していくのかについて解説します。

目次

1. 企業価値を左右する「気候移行計画」とは?

1.1 気候移行計画とは

気候移行計画は、温暖化などの環境変化に対して企業としてどのような姿勢や対策を考えているかを示した長期計画です。

気候変動リスクを分析し、対応策を盛り込んだ気候移行計画は、企業の事業継続性を確保する上でも重要であり、気候変動による物理的リスク(洪水、干ばつなど)や移行リスク(規制強化、技術革新など)を事前に予測し、対策を講じることで、事業中断や業績悪化のリスクを軽減することができます。

また、気候変動対策に積極的に取り組む企業姿勢を示すことは、ブランドイメージの向上に繋がり、消費者からの支持を獲得することに繋がります。
特に、ミレニアル世代やZ世代を中心とした若い世代は、環境問題への意識が高く、企業の環境配慮への取り組みを重視する傾向があります。

出典:TCFD 移行計画ガイドブック

1.2 気候変動対策を取り巻く最新の国際情勢

気候変動は世界的な課題であり、パリ協定で決まった目標の達成に向けて、各国政府は取り組みを強化しています。
その中で企業に対する要求も厳しさを増してきています。

特に注目すべきは、EUが導入した企業サステナビリティ報告指令(CSRD)と、米国証券取引委員会(SEC)が検討中の気候関連開示規則案です。
これらの動きは、グローバルに事業を展開する企業にとって、気候変動対策の重要性をさらに高めています。

1.3 気候移行計画が企業にもたらす具体的メリット

このような状況下で、「気候移行計画」の策定と実行は、企業価値を大きく左右する要因となっています。
適切な気候移行計画を持つ企業は、投資家からの評価が向上し、資金調達が円滑になるだけでなく、気候変動関連リスクの軽減や事業継続性の確保にもつながります。

さらに、脱炭素化に向けた新規ビジネス機会の創出や市場競争力の強化、従業員のモチベーション向上と優秀な人材の獲得にも寄与すると考えられます。

1.4 気候移行計画未策定のリスク

一方で、気候移行計画を策定していない企業は、様々なリスクに直面する可能性があります。
投資家や金融機関からの評価低下による資金調達コストの上昇、規制対応の遅れによる事業機会の喪失、さらにはレピュテーションリスクによる顧客離れなど、企業経営にマイナスな影響を及ぼす可能性があります。

2. グローバル基準の最新動向と比較分析

気候移行計画の策定にあたり、多くの企業が頭を悩ませるのが、参照すべきガイダンスやフレームワークが複数存在することです。
TCFD、CDP、TPTなど、それぞれのガイダンスにはどのような特徴があり、どのような点に注意すべきなのでしょうか。

2.1 主要な気候関連情報開示フレームワークの特徴

まず、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、G20の要請を受けて金融安定理事会(FSB)によって設立されたタスクフォースが作成した、気候変動関連の情報開示フレームワークです。

ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4つの主要項目で構成されており、企業は、気候変動が財務状況に与える影響について、投資家などのステークホルダーに情報開示することが求められます。
気候移行計画は、この4つの項目の一つである「戦略」の一部として位置づけられています。

TCFDは、幅広い業種を対象とした包括的なフレームワークであり、気候関連情報開示の国際的な基準になりつつあります。

▼参考:TCFD全解説 | 気候変動と財務リスク

▼参考:TCFDが求める気候変動「シナリオ分析」 もっと詳しく

次に、CDP(旧カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)は、企業や都市、地域に対し、環境情報開示システムを提供する国際NGOです。
投資家グループの要請に基づき、気候変動、水資源、森林に関する情報を企業や自治体から収集し、分析、評価して、その結果を公表しています。

CDPは、毎年、気候変動に関する質問書を発行しており、詳細な気候移行計画の開示を求めています。
CDPの質問書は、TCFDの提言内容を踏まえて作成されており、より詳細な情報開示を求める傾向があります。
CDPへの情報開示は、投資家からの評価を高めるだけでなく、企業自身の気候変動対策の進捗状況を把握し、改善につなげる上でも有効です。

▼参考:CDPとは!?2024年版の変更点について詳しく解説

そして、TPT(移行計画タスクフォース)は、企業のネットゼロ達成に向けた移行計画に関する情報開示フレームワークであり、2021年11月にCOP26にてイギリス政府が設立を発表しました。
財務省によって設立されたタスクフォースは、2年間の期限付きで、移行計画の基準を開発しています。

TPTは、GFANZ(Glasgow Financial Alliance for Net-Zero:2050年カーボンニュートラルにコミットするグローバルな金融機関の有志連合)やISSB(国際サステナビリティ基準審議会:サステナビリティに関する情報開示のグローバルベースラインを策定する役割)とも連携しており、国際的な整合性を重視している点が特徴です。

TPTのフレームワークは、5つの要素(基礎、導入戦略、エンゲージメント戦略、指標と目標、ガバナンス)と19のサブ要素で構成されており、詳細な行動計画や財務情報などの開示が求められています。

2.2 各フレームワークの動き

各気候関連情報開示フレームワークは、それぞれが継続的に更新されています。

例えば、TCFDは2023年に改訂ガイダンスを発表し、より詳細な開示要求を示しています。
CDPも2024年の質問書で変更点を設け、企業の対応が求められています。
また、英国財務省が設立したTPT(移行計画タスクフォース)は、セクター別のガイダンスを提供し、より具体的な移行計画の策定をサポートしています。

2.3 ISSBスタンダードの概要と既存フレームワークとの関係性

さらに、2022年に設立されたISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が発表したスタンダードも注目を集めています。
IFRS S1(サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項)とIFRS S2(気候関連開示)は、グローバルな開示基準の統一を目指す重要な取り組みです。

2.4 各フレームワークの比較と自社に適したアプローチの選択

これらの基準は、それぞれに特徴があり、企業は自社の状況に応じて適切なアプローチを選択する必要があります。
業種や企業規模によって最適なフレームワークは異なりますが、多くの場合、複数のフレームワークを統合的に活用することが効果的です。

例えば、TCFDの枠組みを基本としつつ、CDPの詳細な質問項目を参考に開示内容を充実させ、さらにISSBスタンダードに準拠することで、より包括的な情報開示が可能になります。

3. 効果的な気候移行計画の主要構成要素と策定ステップ

3.1 気候移行計画の基本構成要素

気候移行計画には、どのガイダンスを参照する場合でも共通して求められる主要構成要素が存在します。

1. ガバナンス

企業が気候変動問題に取り組むには、強固なガバナンス体制の構築が不可欠です。
経営層の責任と役割を明確にし取締役会の関与を強化したり、気候変動対応の責任者(CCRO: Chief Climate Risk Officer)を設置することで、全社的な取り組みを推進できます。
また、各部門の代表者で構成される気候変動対策委員会を組織し、定期的に会合を持つことで、横断的な対策の実施が可能になります。

2. 戦略

次に、戦略立案とシナリオ分析です。複数の気候変動シナリオ(例えば、2℃シナリオ、4℃シナリオなど)を設定し、将来の社会経済状況や技術革新などを考慮しながら、それぞれのシナリオにおける気候変動がもたらす物理的リスクと移行リスクが与える事業影響を分析します。
近年では、AIを活用した高度なシナリオ分析も可能になっており、より精緻な将来予測が可能になっています。


3. リスクと機会

リスクと機会の特定・評価では、自社の事業セクターに特有の重要リスクと機会を洗い出し、それぞれの財務インパクトを具体的に評価します。
この過程では、専門家の知見を活用したり、同業他社のベストプラクティスを参考にしたりすることが有効です。


4. 指標と目標

気候変動対策の進捗状況を測定し、目標達成度合いを評価するために、適切な指標と目標を設定する必要があります。

目標設定と行動計画の策定においては、GHG排出量削減目標(Scope1,2,3)は必須のため、SBTi(Science Based Targets initiative)などの国際イニシアチブに基づいた科学的根拠のある目標を設定することが重要です。

また、バックキャスティングの手法を用いて、長期目標から逆算して具体的な行動計画を策定することで、実効性の高い計画を立てることができます。

3.2 気候移行計画策定の具体的ステップとポイント

これらの要素を踏まえ、気候移行計画の策定は以下のステップで進めていきます。

ステップ1:現状分析

まずは、自社の現状を把握することから始めます。

自社の事業活動におけるGHG排出量を算定し、気候変動に関連するリスクと機会を特定し、評価します。
関連する法規制や業界動向、競合他社の取り組み状況も調査し、自社の強みと弱みを分析することで、効果的な戦略を立てることができます。

ステップ2:目標設定

現状分析の結果を踏まえ、短期、中期、長期の目標を設定します。

目標は、科学的根拠に基づいた野心的なものである必要があります。SBTなどの国際的なイニシアチブを参考にしながら、具体的な目標達成レベルを決定します。

ステップ3:行動計画策定

設定した目標を達成するために、具体的な行動計画を策定します。

どのような施策を実施するのか、いつまでに、誰が責任を持って実行するのか、どれくらいの予算を割り当てるのかなどを明確にします。進捗状況を把握するためのKPIを設定し、定期的にモニタリングすることも重要です。

ステップ4:実行

策定した行動計画に基づき、具体的な取り組みを実行に移します。

必要に応じて、社内体制の整備や資源配分を行い、計画を実行するための体制を整えましょう。従業員への意識啓蒙活動なども効果的です。


ステップ5:モニタリング・見直し

計画の実施状況を定期的にモニタリングし、目標達成度合いを評価します。
必要に応じて、計画の見直しや修正を行い、状況変化に柔軟に対応することが重要です。


▼ポイント

・経営層のコミットメントとリーダーシップ

気候変動対策を全社的な取り組みとして推進するためには、経営層のコミットメントとリーダーシップが不可欠です。経営層が率先してメッセージを発信し、社内全体の意識改革を促すことが重要です。

・関係部署を巻き込んだ全社的な取り組み

気候変動対策は、特定の部署だけで取り組むものではありません。サステナビリティ推進部門だけでなく、経営企画、財務、人事、調達、生産、販売など、関連するすべての部署を巻き込み、全社的な取り組みとして推進していくことが重要です。

・ステークホルダーとのコミュニケーション

投資家、顧客、従業員、地域住民など、様々なステークホルダーと積極的にコミュニケーションを取り、理解と協力を得ることが重要です。情報開示を通じて、自社の取り組みを積極的にアピールすることで、企業価値向上に繋げましょう。

・最新の情報収集と専門家との連携

気候変動に関する科学的知見や技術革新、政策動向などは常に変化しています。最新の情報や技術を常に収集し、必要に応じて専門家の知見も活用しながら、計画に反映させていくことが重要です。

4. 先進企業の事例研究と成功のポイント

4.1 業界別の先進事例

気候移行計画の策定と実行において、先進的な取り組みを行っている企業の事例を見てみるとイメージもしやすくなると思います。

例えば、製造業では、ユニリーバの「気候移行行動計画」が参考になります。同社は、バリューチェーン全体での排出量削減目標を設定し、サプライヤーとの協働や消費者行動の変革まで含めた包括的な計画を実施しています。

金融業界では、BNPパリバの「気候分析・アラインメントレポート」は、融資ポートフォリオの気候影響を詳細に分析し、パリ協定の目標に整合させるための具体的な行動計画を策定しています。

IT産業では、マイクロソフトの「カーボンネガティブ」戦略は、2030年までにカーボンネガティブを達成し、2050年までに創業以来の全ての排出量を相殺するという野心的な目標を掲げ、具体的なロードマップを公表しています。

4.2 日本企業の取り組み事例

日本企業では、味の素が「サステナビリティ戦略」の中で気候変動対策を重要課題として位置づけ、バリューチェーン全体での排出量削減に取り組んでいたり、ソニーが「Road to Zero」環境計画を掲げ、2050年までに環境負荷ゼロを目指す長期ビジョンのもと、具体的な実施状況を毎年報告しています。

5. 革新的アプローチと今後の展望

5.1 AIと気候テックの活用

気候移行計画の策定と実行において、AIや気候テックの活用が進んでいます。

排出量の算定や予測にAIを活用することで、より精緻な分析が可能になっていたり、ブロックチェーン技術を用いたサプライチェーンの排出量管理も注目を集めており、透明性と信頼性の高いデータ管理をしようとていします。

5.2 グリーンファイナンスの最新動向

サステナビリティ・リンク・ボンドやローンの活用が広がっており、企業の気候変動対策の進捗と資金調達を直接リンクさせる取り組みが増えています。
また、トランジションファイナンスの展開も進んでおり、特に脱炭素化が困難とされるセクターにおいて、段階的な移行を支援する金融商品が注目されています。

5.3 今後の規制動向と企業の対応

規制面では、EUタクソノミーの進展が日本企業にも影響を与えつつあります。

環境的に持続可能な経済活動を分類するタクソノミーは、今後、グローバルスタンダードとなる可能性があり、日本企業も対応を迫られています。
また、カーボンプライシングの導入拡大も世界的なトレンドとなっており、企業はこれを織り込んだ中長期的な戦略策定が求められています。

6. まとめ:気候移行計画を成功に導くためのキーポイント

気候変動対策は、持続可能な社会の実現には避けては通れない課題となっています。

一方で環境対策にコストをどこまで掛けるべきか迷われている方も多いと思います。
一見利益追求とは相反する活動にも思えるかもしれません。

しかし、気候変動への対応は企業価値を向上させ、持続的な成長のチャンスであり、実際に非財務情報の開示を積極的に行った企業の株価にも良い影響を与えていることが分かっています。
自社にあった進め方が分からないなどございましたら、いつでもご相談ください。

参考:

外務省|2020年以降の枠組み:パリ協定

環境省|シナリオ分析の実施ステップと最新事例

環境省|TCFDを活用した経営戦略立案のススメ

A-PLAT|TCFDに関する参考資料

CDP|気候変動レポート2023

TCFD|指標、目標、移行計画に関するガイダンス

IFRS|News

TPT|Disclosure Framework

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